シンガポールPP増設
住友化学では産構法の期限切れを控えた1986年10月に経営会議にポリプロ増設問題を付議した。具体的な増設計画ではなく、業界事情を勘案して4つの増設ケースについて先ず議論をしてもらうというものであった。同時にTPCでのPP増強についても付議した。
経営企画室が同日に提案したTPCのPP増強計画は、既存のバルク法120千tに加え、ガス法で36千tを建設して需要増大に対処するとともに、PCSの余剰プロピレン対策も考えたものである。(経営会議資料)
この席で武内常務が「シンガポールという沈みかかった船に投資をすることは賛成できない」と強硬に反対した。賛否両論で結論が出ず、半月後の10月31日に再度議論し、了承された。
TPCのガス法設備は1989年秋に完成、11月から操業開始した。当初は新触媒のDX−Vがうまく動かず、DX―Wへの変更さえ検討したが、ぎりぎりで動いた。千葉ポリプロの完成はこれより半年遅れ、1990年6月である。TPCでの実績を利用した。
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(両経営会議の議論)
1.1986年10月14日 TPCのポリプロピレン増強計画
TPCのポリプロピレン増強計画について広岡取締役より説明があり、本日の討論は、次の3点に関し討議をしたい旨の問題提起があった。
@ TPCポリプロ増強プロジェクトがフィージブルと考えるべきかどうか。
A 日本の業界問題をどう調整するか。
B 資金調達の絡みで、この際、当社のシンガポール計画へのかみ込み方を見直すか。
武内常務 :シンガポール石化は目下順調にみえるが、石油情勢は不安定で、将来大きな荷物になる可能性は十分ある。そのようなところに大きな投資をすべきではない。この投資を正当化するとすれば、当社の負担を減らすことが可能となる場合のみ正当化されるが、それも相手との交渉を考えると不可能と思われる。
森本副社長 :本件は一般論としては懸念があるが、昨年来の円高で情勢は一変し競争力は向上した。じいっとしていても今以上に損益を改善する手立てはない。
武内常務 :今後の投資については円高のメリットがあるが、既存分は円で建設しており競争力はない。シンガポールという沈みかかった船に投資をすることは賛成できない。このような話が第二、第三と続けばよいが、これで終わりである。本投資は、もう少し様子を見てから判断すべきではないか。
岡野専務 :今後の我々の仕事は沈みかかった船を少しでも沈むのを防ぐようなことを考えることである。そのために本件は力となるのではないか。
水野専務 :退くにしても形を整えておかないと引くに引けない。本件は市場ニーズの方向にミートしたものと思うので、追い銭を入れてでもやっておくべきでないか。そうすることで撤退の場合もプラスとなる。
社長 :オレフィンバランスをとりやすくしてから退く。第一案がいいのだろう。
塚常務 :第一案の方がいいと考える。
堀常務 :シンガポールは民営化の方向にある。メリットのある会社にしておかないといけない。
武内常務 :本件実施でそんなにいい格好にはならない。
副社長 :今後は日本からの輸出も難しくなり、シンガポール石化もこうなれば捨てたものではない。将来性も見込めてきた。
岡野専務 :ローカリゼーションは人だけでなく資本もそうすることでなければいけない。
伊藤専務 :この増設で当社は技術料をとらないで、その代わり建設資金はシンガポール政府に出させ、スケジュールを決めて徐々に当社の出資比率を減らしていくようにしてはどうだろうか。
岡野専務 :情勢の変化は事実だが、今撤退の決断をすることはない。第一案でいくのがいい。
小松原取締役 :ポリプロピレンは極めて特長あるプラスチックである。折角70%のシェアを持って東南アジアの市場を開拓してきたのに、むざむざとシンガポール側にシェアを渡すことはない。
副社長 :ポリプロピレンはいいかも知れないが、シンガポールプロジェクト全体をみるとTPCを自分のものにし、自由にやれるといいが、それは難しい。本件は50/50でPCS1社にまとめてローカライズしていく為の餌になるのではないか。しかし逆にこの円高の情勢下でドルで商売できる基地にしていこうという考えもあろう。本件は重要問題でもあり、継続討議としよう。
2.1986年10月31日
1.10月14日経営会議での審議要旨
各委員からのご意見要旨
(慎重論)
本計画の収益性は原油価格が上昇すれば悪化することになり、不安定である。
現在のシンガポール石化自体が基本的に競争力なく極めて経営基盤が脆弱であり、これに対し更に多額の投資をするのはリスクを大きくする。シンガポール石化の業績推移をもう少し見極めてから、本件も検討すべきである。
(実施論)
次の2つのご意見あり
@ 本件は収益性がありシンガポール石化の強化策として実施する。
但し当社としては極力TPCのリスクの軽減を図るべくシンガポール側の資金負担でこれを実施し,TPCの出資構成を50/50に改める。
A 国内の増設は容易にまとまらない可能性が強い。且つまとまっても共同投資で千葉で実施するメリットはあまり期待できない。
当社としてはTPCを分工場と認識して増設をするという積極論
2.各御意見の問題点
(1)慎重案の問題点現在、シンガポール石化はフル操業であるが収益はほぼとんとんの状況にあり、収益構造が脆弱なことは明らかである。
このまま何らの対策をせずに推移すれば、当社としては、大きなリスク負担の可能性を常に抱えていることになる。
(御参考)
TPCの操業開始後3年間の累損は78百万$(約70億円・為替差損含)であるが、下表(略)の如く、殆どはLDPEによるものであり、PPは初年度を除きほぼとんとんであった。(2)実施論―@の問題点
シンガポール側の出資金で本計画を実施する場合、シンガポール政府は現在国営企業の民営化を図りつつあり、容易に応じないと思われる。
一方、民間の出資者を募る場合、出資者は何らかのリターンを要求する(配当又は製品取扱い等)と思われ、適当な出資者を得るのは困難と予想される。(3)実施論―Aの問題点
国内のPP増設を見送り、TPCの増設で国内外の需要を充足するのは次の3点より難しい。
ア.日本で必要とするブロックコポリマーは機能材として需要家と共同開発しつつグレード設定を行うものであり、生産拠点が海外の場合、その迅速な対応及び現地での生産/在庫管理が難しくなる。
イ. 特恵期間が日割りベースで厳しく管理されており、免税輸入は毎年4月初めのみ、且つ約5000t程度になる。
以降は関税25.6円/kg(約160US$)の負担があり、日本向けは東南ア向けより不利となる。
ウ.基盤脆弱なシンガポール石化に更に深入りすることになり、シンガポール政府もその様に解釈して、ますますコンプレックス全体に対するリスク負担を大きくさせられる懸念がある。又出資比率を50%にしても、実質的なTPCの経営は当方で維持可能である。議事録
武内常務 :本プロジェクトはいいといっても、それほどではない。またポリプロピレンは従来からよかったといっても、ポリプロだけ単独で存在は出来ない。PCSは悪い。要はコンビナートとして成立しないとだめである。円高の現在、見直すべしということであるが、円高だからと言って今から新規に建設するかというと、そういった判断は出てこない。シンガポールが特に有利という点は何もなく、それどころか、自国内に市場がないことが致命的である。方向としては良くなろうが、中国も自製するようになるだろう。
堀常務 :そのようなことははじめから判っていたことである。それらを前提として次のステップを考える必要がある。
岡野専務 :シンガポールのメリットはクリーンガバメントであり、9割が中国人で合理的なことと、大きなリファイナリーがあるという点であった。今から進出しようとしてもシンガポールを選ぶのではないか。
副社長 :当初抱いた不安に比べてスタート以来、信頼度・期待度が高まっていることは確かである。市場の脆弱性は変わらないが、中近東や中南米のサプライヤーに比べTPCは評価されており、投資の価値は高まっている。
水野常務 :40億円の追い銭になるが改善は積み重ねでやるべきものである。ポリプロは投げ込み場から少しずつ変わってきているように思う。
小松原取締役 :TPCの人はこれはいけるとの実感を持っている。日本は家電を中心として急速に空洞化していくだろう。
塚常務 :国内ではチッソ問題を避けて通れない。千葉でやらないで海外でやった方がいいと思うようになってきた。分工場でやっていくのがいい。64年頃の完成を考えればいい。
社長 :TPCでやっても住友がやったと言われる。またそんなに先でもやるのなら、今の結論はやらないということになる。
伊藤専務 :決心した時は儲けを期待したのではなく、ナショナルプロジェクトとしてやったので、これ以上の追い銭を出すことはない。
堀専務 :少しでもよくなる方向ならやったらいい。市場を予測しても判らない。借入金でやればいい。
副社長 :増設するなら早くやった方がいい。国内問題に引きずられ遅れるとメリットが減ってしまう。
社長 :私も早くやった方がいいと思う。オレフィンバランスからみて、これはトータルビジネスとしてもメリットがある。7:3では難しいが、シンガポール側がやりたがっており、5:5にしてでもやりたいということにして業界を説得できるのではないか。
ただ通産省を7:3でやることで納得させられるなら、7:3でも出来るかも知れない。
副社長 : 5:5に持っていくのは非常に難しいと思う。シンガポール政府は民活でむしろ政府の持っている株を放出している位である。ただこういったことをとっかかりにしてPCS同様,TPCでも借金返済のきっかけをつくりたいと思う。
慎重論の意見もだいぶ出たが採算性(20%台)があるなら国内との関連でシンガポール・イニシャティブで進めることを考えてみよう。シンガポール側に住友は逃げる気かと思わせてはいけないので、交渉をどう進めるか、TPCの意見も聞いてみたい。事前の準備は出来るだけ住友側で行うこととする。
最終的に本案承認
〔経営会議資料〕
昭和61年10月14日
経営企画室
TPCポリプロピレン増強計画
1. 趣旨
TPCのポリプロピレン工場(当社バルク重合法、実生産能カ120千トン/年)に当社の開発によるガス法の新系列を建設し、ブロックコポリマーを中心に、当地域のポリプロピレン需要の増大に対処し、併せてPCS余剰のプロピレンの有効利用を図る。
2. 計画の概要
(1) 能力 ポリプロピレン新系列 36,000トン/年
(2) プロセス 当社ガス法プロセス
(3) 所要資金 56.1百万シンガポールドル(約40億円)
(含む技術料)
なお詳細設計確定の後、見積徴収の上、実行予算の作成を要する。)
(4) 増加人員 製造 12人(現地人)
技術サービス 3人(日本人)
下請作業員 10人
(5) 工期 1988年末完成
(6) 販売計画(増設分)
グレード (単価) 1989年 92年 93年
ブロックコポリマー (830US$/t) 6,000t 20,000t 25,000t
ホモ・ヤーン (710 ) 31,000 13,300 12,000
サブグレード (680 ) 3,000 2,700 3,000
計 40,000 36,000 40,000
(7)経済効果 単位:シンガポールドル、%)
1989年 92年 93年
増加売上高 63,285 60,776 68,256
増加利益(TPC) 6,510 7,721 10,704
資金効率 11.6% 13.7% 19.1%
プロピレン評価益(PCS) 4,796 4,316 4,796
総合資金効率 20.2% 21.5% 27.6%
3. 実施の理由
(1) シンガポール石油化学コンプレックスは、1984年3月商業生産を開始し、爾後2年半が経過したが、この間、TPCのLDPE・EVA・PPはすぐれた品質と迅速、確実なデリバリーにより、ASEAN・中国等の市場に広く受け入れられるところとなり、需要に生産が追いつかない程の好調な販売を続けている。
とりわけPPは着実な需要の増大に対して、供給サイドの計画の遅れによる世界的な需給タイトの状況を反映したものであり、この状況はここ数年解消されない見込みである。
(2) また、当地域における工業化の進展、就中円高による日本の組立産業の韓国・台湾・ASEAN地域への進出の動きを反映して、ポリプロピレンについては従来のフイルム・ヤーン一辺倒から、より高付加価値のブロックコポリマーの需要が高い伸びを示すと期待される。
(3) 周辺諸国においてもPPの国産化が検討されており、90年代には漸次実施に移されていくと予想されるが、こうした諸計画に先んじて当地域におけるTPCポリプロピレン事業の一段の基盤強化を図るためには、本件の速やかなる実施が望まれる。
(4) 一方、本コンプレックスでは約40,000トン/年弱のプロピレンが未利用になっており、PCSは低価格による輸出を余儀なくされている。このためPCSとしても適当なプロピレン誘導品を導入することにより本コンプレックスの一貫体制を確立し、事業基盤の強化を図ることが最大の課題となっている。オクタノール計画が取り止めになったあと、それに代わるプロピレン誘導品の検討を続けてきたが市場蔑模、経済性等の面からいずれも実現性に乏しく本件の実施が最も適切であると判断される。
(5) 本件の経済性は当社の投資基準からみて必らずしも充分ではないが、ポリプロピレン事業の拡充、TPCと本コンプレックスの収益力向上の観点から、本件を推進することと致したい。
4. 課題
(1) 資金調達
本件の所要資金は増資により賄うのが適当と思われる。
〔理由〕TPCの資本金比率は次表のとおり本コンプレックス内の他社と比べ極端に低い。昨今の事業環境の好転によりTPCの業績は向上しているものの、円高による多額の為替差損の発生もあって、このまま放置すれぱ早晩債務超過の事態に陥いるものと思われる。
本件の資金調達を借入金により賄うことは、財務体質を嘱脆弱化させることになる。このため本所要資金は増資により賄い、財務体質の改善を図ることが適当と思われる。
(2) 当社の資金負担方法
本件の資金調達を増資により賄う場合、当社がこれにどう対応すべきかについてはシンガポール石化に対する当社の長期的対応方針如何により次の2案が考えられる。
〔1案〕 TPCでの負担軽減
これを機会にTPCに対する当社の出資比率の引き下げを図ることにより、当社の損益負担の軽減を目指す。
PCSとTPCでは日本とシンガポールの出資比率が異なるため、オレフィン価格の決定等、両社間の利害関係の調整に相当の労力を要している。例えばTPCもPCS同様、日本/シンガポールの出資比率を50/50に変更すれば両社の利害の平準化を図りうる。(将来、場合によってはPCS・TPCの合併も検討しうる。)
〔2案〕 TPCへの特化
当社の技術開発力・マーケッテングカ等から判断し、TPCの方がPCSより当社としての事業展開を図りやすく、将来当社の海外事業戦略の一環としての活用を目指す。このため、TPCに対する当社の持株比率(現在55%)を維持又は引き上げる一方、PCSについては経営面・資金面更には株式についても漸次シンガポール側に移譲する。
以上
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PP増強計画 経済計算明細
1. 前提
為替レート:100¥=1.40S$
1US=2.18S$ 1US$=156¥
PP増強関係:能力 36,000TON/年,(SDMあり)
建設資金 51.2百万シンガポールドル
技術料 頭金4.9百万シンガポールドル(3.5億円)
R.R 1.4%
増加人員 技術 3人(日本人)
製造 12人(現地人)
下請 10人
倉庫 借庫ベース12S$/TON・月
工期 1988年末完成
原料・製品価格:原油 20US$/BBL
ナフサ 180US$/TON(原油容量等価)
エチレン 339 〃
プロピレン 305 〃
〃(輸出) 250 〃(日本着C3価格58円/kg)
電力 12.6S¢/KWH(1986年2月時点の水準)PP(ブロック) 830US$/TON
〃(ホモ・ヤーン) 710 〃
〃(サブ) 680 〃
固定葺: 労務単価 日本人200千S$/年(89年以降5%up)
現地人 22 〃 (〃 )
補修費 設備費の2%
償却 8年定額
(但し、財務上の償却は15年)
金利 6%/年


SDMあり SDMなし
〔備考〕生産=販売:LDPE・EVA 133千t/Y 147千t/Y
PP(既存) 120〃 130〃
(新設) 36〃 40〃
その他前提:PP増強計画に同じ
86年損益見込みは、本年7月作成の「86/下 projection」による。
