NPY特許切れ対策                                       


NPY特許は1980頃から各国で順次期限切れとなった。
 イタリアでは特許切れでEnduraが販売を開始し、価格が大幅に下がった。

米国のNPY特許は1983/8に期限切れになる。
SCJからは以下の要請があった。1982/9/24 meeting
  特許切れ後は価格対応して欲しい。
  Enduraが来訪した。米国の数社(FACを含む)が特許が切れたらすぐ持ち込めるとしている。

特許切れを前に、DistributorのPenickが (多分Endura品の) 販売の準備に入った。

米国では特許が切れると特許法上は他社も売れるが、たまたまNPYの場合は毒性問題があり、EPAの登録を維持するためには毒性データが必要となる。住化では多額の費用と時間をかけてデータを作成し提出していた。
PenickがNPYを売るためにはこのデータの使用が必要である。


1982/11 MGKのGullickson、Jr (現社長)から以下のアドバイスがあった。

MGKとしてはPenickがNPY/104のmixtureで売っても怖くない。
MGKのNPY/SUMとほぼ同機能の製品を売ろうとしても,customerはわざわざ缶、ラベル、宣伝等を変えて切り替えるメリットはない。(大きな価格差があれば別)
また104にはニオイの問題がある。
住友はNPYに関して多くのデータをもつ。これを求償すればよい。Total costの75%まで求償できよう。数十万$になろう。
これをぶっつければPenickは考え直すだろう。また親会社のCPCが支出をみとめないだろう。

1983年2月 Washington, D.C.のEPA関係専門の弁護士 Charles A. O'Connor, V(McKenna, Conner & Cuneo法律事務所)を訪問し、対策を打ち合わせた。
 * 同氏の奥さんはミャンマー人で小説家
 

協議の結果、費用の負担(Data compensation)を請求することとし、住化が作成した原資料をもとに、SCAIで請求額を計算した。間接費等を加算した結果、膨大な額となった。
 Penickとしては毒性問題があることさえ知らなかった状況で、請求を受け、愕然とした。
 その後いろいろなやり取りがあった。

1984/3にPenickから話し合いたいとの提案があったが、たまたま同様の事態でMonsantoの例があって最高裁でのhearingが3/1にあったこともあり、その決定を待ちたいと答えた。

結局 1983/8の特許切れ後も、(筆者が84/6に帰国するまでは)SCAIの独占が続いた。

(その後、Penick はフランスのRoussell Uclafに買収された。更にその後の新聞情報で住化とUclafが本件で和解したとの記事があった。現状は知らないが、特許切れ後もかなり長期間独占をenjoyしたことになる)

 

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