7.新第一塩ビ設立準備


1) 人事問題

ZESTの人事は当初は3社平等の精神(但し社長はゼオン)と、簡素な組織という思想で考えた。社長の下に各社1名ずつの常務取締役、取締役という体制を考えた。

しかしゼオンとトクヤマがともに営業担当の常務を出したこと、バランス(入社年度)、営業重視の考え方(東京と大阪双方への取締役派遣希望)などから原則が崩れた。

半年間の議論の結果、95年3月の常務会で営業関係人事(当面および1年後)を決定した。

@新会社スタート時の組織及び人員は需要家維持を中心に考え,人員も当初計画案より増員もやむを得ない。(表1)

 管理部門で常務2名の体制
 営業部門での3社縦割り体制(最初の1年間との理解で)

A移行期間を1年とし,1年後には簡素な組織とする。(表2)

 

 

営業体制はいろいろな議論の末、1年後に変更した。

2)一体化準備委員会(94年11月発足)

営業部会:実態の開示から始める。その上で製造部会・物流部会と合同で最適生産・出荷ル−トの検討と、グレ−ド名・販売条件の統一、商   社の整理などの検討に入る。
ペ−スト部会:サスと異なり互いに全く知らないため、営業・製造・研究のチ−ムで互いの工場・研究所を訪問し、実態を知った上で議論する。当面、計画案の研究体制でよいかどうかを詰める。
その他、経理・税務部会、財務部会、物流・システム部会など。

3)ペ−スト部会

94年11月、ゼオン・高岡工場で第一回の会合。各社の営業・研究・製造で構成するチ−ムが集まり、実情理解から始めた。
翌週、新居浜で開催。両社のパイロットの動かし方の違いが判明。住化は大卒はスタッフ扱いで、パイロットはオペレ−タ−(現場上がりの人)がスタッフの指示に基づき3勤で動かすが、ゼオンは研究員(高卒も含む)が自分でパイロットを動かし(夜は一人が徹夜し全体を見る)、結果の分析までやっている。ゼオン方式を採用する。
両社のシェア合計は45% にもなるが、肝心の壁紙分野(唯一伸びが期待できる)では 37%、床材(クッションフロア)では 22%で、これらを重点分野とする。

4)事務所選定

東京本社事務所候補として多くの候補を見た上で新橋の第8東洋海事ビルを採用することとした。(便利な上、第一塩ビ販売と同じ家主で、条件面で他よりよかった)
大阪支店事務所は伏見町KYビルを第一候補とし、現地を見た上で決定した。

5)工場調査
   2/20-21  千葉工場
   3/1-2   徳山工場
   3/14-15  水島工場
   3/16-17  愛媛工場
   3/22-23  高岡工場
 
6)物流システム

94年12月に部会を開き、住化情報システムとゼオン(富士通)から見積もりを取った。
7月スタ−トのためには受注−出荷指示−出荷報告−請求のコンピュ−タ−システムを6月には全面テストをする必要があり、フレキシブルなシステムである住化情報システムを起用することとした。

当面、工場と中継地での処理は各社のシステムを使うこととし、オーダー送信及び出荷報告受信時にデータ変換することとした。

システム概要は以下のとおり。

    注)スタート時は中継地管理を親会社に委託したため、各中継地は上図の工場と同じ扱いであった。

7)経理部会

元国税局の調査部長の藤井税理士を顧問税理士とした。

監査法人の選定については、各社の工場の監査が必要なことから、結局3社の監査法人の共同監査とすることになった。 
  朝日監査法人(SC),太田昭和監査法人(NZ),山口監査法人(T&SA)

8)資金部会

設備買取資金については新設の事業革新法による開銀の超低利融資を受ける方向で考えていたが、現状では市中で借りる方が安いため、運転資金と一緒に銀行借入を行なうこととした。95年5月に資金部会で以下の方針を決めた。

@借入は各社推薦の6行(一勧、興銀、住銀、住信託、三和、山口)とした。 
 

注. 第一塩ビ製造は2回に分けて借りたが、2回目を取り止めor減額した銀行が出たため、比率がアンバランスとなった。なお市中銀行は5年超の貸し付けが出来ないとして、98年6月末に借り替えることとした。なお富士、安田信託は呉羽枠。他に運転資金(枠7億円)は住銀のみ。                              
新第一塩ビの借入は、実際には親会社の設備資金借入金の借換(親会社はこの資金で返済)であるため、ゼオンの一勧の比率がもっと高くなる筈で、また第一塩ビ製造の借入(住銀がメイン)が当面そのままのため、一勧としては本案に不満であった。興銀は3社と取引あるため比率増大を要請した。また農中なども強く要請した。各行とも、しぶしぶ本案を受け入れた。

問題は金利率であった。親会社の借入金の利率が異なるが、当方としては最も安いものを要請した。これに対して銀行の反応はまちまちであった。

興銀は「安い金利でこういう会社を育成するのが銀行の役目」として了承。
住銀も了承し、必要なら他行枠も引き受けるとした。
一勧、三和は強く反対し、「親会社より有利な条件は困る」とした。

6月26日の段階で一勧、三和が了解せず、時間切れで借入延期を決定した。銀行借入は7月末とし、親会社への支払い時期を変更することとした。


この交渉と並行して借入申込書を作成した。収支予想は以下の通りで、経常損益を初年度ゼロ、2年度6億円、3年度17億円としている。

収支予想(単位:百万円)


開業後の7月4日にZESTが三和を訪問し、親会社がZEST育成に多大な犠牲を払っており、銀行も協力して欲しいと要請するとともに、このままなら借入をやめ、親会社融資に切り替えるとした。

これを受け、翌5日に三和が当方条件を受け入れることを決めた。これを聞き、一勧も本条件を受け入れ、決着、1ヶ月遅れで7月末に借入を行った。

最終借入契約

1.借入額
   設備資金   54億円  3年間で返済(1996/6,12, 1997/6,12, 1998/6)
   運転資金枠 140億円

2.借入先
   第一勧銀  28.0%  三和銀行  21.0
   住友銀行  18.9   興銀     16.8
   山口銀行   9.0   住友信託   6.3 (合計 100.0%)

3.条件
  @運転資金
    60% が短期プライム       当時          2.375%
    40% が変動
       銀行間取引利率 + 0.4  当時 1.245 + 0.4 = 1.645%
                        当時平均       2.083%

  A設備資金
    固定 銀行間取引利率 + 0.5  当時 1.56 + 0.5 = 2.06%
    条件 担保差入予約

     なお一勧のみ、新第一塩ビとしての念書を提出した。
      (交渉の結果骨抜きにした。他行は不要とした)

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