8.ZEST史    


1  発足   

2.初年度の活動 <1995年度>

1) PVC価格の下落、 2) VCM価格、 3)95年度決算
4)
Siam Maspion Polymers への技術輸出、 5) 電子メールの導入
6) 
プラスチック誌への投稿

3.2年度 <1996年度>

 1) 人事問題、 2) 株主総会、 3) 中期経営計画(ZEST-1)
 4) 
1周年記念行事、 5) 競争力VCMプロジェクト、 6) 最適生産構造 PJ
 7) 
各プロジェクトのまとめ、 8) 塩ビ協、 9) 業界損益(95年度)
10) 
第一次値上げ、 11) 96年度損益

4.3年度 <1997年度>

 1) 原料価格アップと二次値上げ、 2) タイTPCとのライセンス交渉
 3) 
呉羽との3CV交渉、 4) チッソとの提携交渉
 5) 
千葉電解、千葉塩ビモノマーの処理、 6) ハイブレンのゼオンへの再移管 7) 塩ビ世界会議、 8) 97年度決算、 9) 塩ビ環境協会の設立 

5.4年度 <1998年度>

 1) 再生計画、 2) 第一塩ビ製造の合併、 3) ベトナムへの技術輸出
 4) 
耐用年数変更、 5) 売掛金流動化によるファイナンス
 6) 
4社共同出願特許の扱い、 7) 98年度決算対策、 8) 98年度決算

6.5年度 〈1999年度〉

 1) 再生計画の実施、 2) 借り入れ問題、 3) 業界損益
 4) 
一次値上げ、 5) 原料値上がり、 6) 99年度決算
 7) 
産業活力再生特別措置法、 8) 撤退補償金(税務)、 
 9) 
東高化成の債権回収

7.6年度 〈2000年度〉

 1) 業界再編、 2) チッソ、 3) ヴイテック設立、 4) 大洋塩ビ再編
 
5) 業界再編の実現、 6) SMP精算、 7) 設備資金借入
 8) 
ZESTの将来の議論、 9) 高岡工場対策、 10) 二次値上げ
11) 
2000年度決算、 12) 業界損益、 13) 水島工場廃止

8. 7年度 <2001年度>

 1) 創立6周年記念パーティ、 2) 需要の低迷、 3) 株主総会

   その後

付 ZEST全員の推移


1 発足 


新第一塩ビの発足は以下の形式手順で行った。

95/6/30 親会社から第一塩ビ販売鰍ヨの増資払込( +6,910百万円)
      第一塩ビ販売 株主総会、取締役会
7/ 1    社名変更(新第一塩ビ梶j
      増資発効(新資本金 70 億円←90百万円)
      親会社から営業の譲受

実際には7月1日は土曜日のため、正式のスタートは3日(月)となった。土曜には全員が出勤し、開業準備を行った。

   

95/7/3 月曜日の朝 8:30 から親会社4社の社長を含む取締役、監査役全員が新事務所に集まり、新第一塩ビの第1回の株主総会、取締役会を開催した。
  (上記のとおり、6/30に第一塩ビ販売の株主総会・取締役会をひらいた形をとった。)

株主総会では次の事項が承認された。
@第一塩ビ販売の第14期貸借対照表、損益計算書、利益処分案の承認
A定款の変更:商号(社名)の変更、事業目的の変更、取締役の人数・選任方法の変更他 B取締役の選任
C監査役の選任
D取締役報酬額の改定

続いて取締役会では次の事項が承認された。
@代表取締役の選任 ---佐伯取締役
A役付取締役の選任 ---佐伯社長、橋本・松村・中山・長岡常務
B本店所在場所の変更
C取締役会規則の改正
D取締役報酬額
E重要な組織の改廃 ---新組織
F重要な人事 ---部長以上の人事
G営業譲渡に係わる確認書の締結 ---営業譲渡の細目の確認

最後に佐伯社長から新会社の決意表明があり、親会社の各社長から「この一体化は化学業界の歴史でも画期的なことであり、非常に注目されている。これを成功させるかどうかは新会社の従業員の努力にかかっている。外から見ていい会社、強い会社と思われる会社にするべく、初心を忘れずに頑張って欲しい」との激励の言葉があった。

株主総会、取締役会の決議により新経営陣は以下のとおり。

代表取締役社長    佐伯 康治 (ゼオン)
常務取締役営業本部長 橋本 光正 (ゼオン)
 同  営業副本部長  松村 博文 (トクヤマ)
 同  (管理担当)  中山 一男 (住化)
 同  (企画担当)  長岡 邦彦 (ゼオン)
取締役営業本部長補佐 林 哲男  (住化)
 同  大阪支店長   西山 耕一 (ゼオン)
 同  大阪副支店長  澄川 忠  (トクヤマ)
取締役         中野 克彦  日本ゼオン 社長
 同          辻  薫   トクヤマ 社長
 同          香西 昭夫  住友化学工業 社長
監査役        嶋村 進   日本ゼオン 顧問
 同         藤田 俊作  サン・アロ−化学 社長
 同          石川 浩通  住友化学工業 石油化学業務室部長

(増資で10億円以上になった翌年から「大会社」扱いになるため、常勤監査役はなし。)

役員会の後、本社および川崎の技術開発センター所属の社員が集まり、各社の社長も参加した開業式が行われた。(大阪支店は当日夕方に社長ほかが移動し、行われた。)


翌4日にZEST-newsを発刊した。前書きに以下のとおり目的を記している。

1995/7/1に新第一塩ビが発足しました。
これまで日本ゼオン、住友化学、トクヤマ、サン・アロ−、第一塩ビ販売の各社で働いてきた人々が集まり、新しい会社の第一期生として新しいカルチャ−を創っていくことになります。
このためにはまず情報の共有が必要です。このZEST−newsを通じて、いろいろの情報をお知らせします。今準備中の電子メイルが完成した時点では必要な時に自分のパソコンで引き出せるようにする予定です。情報の加除訂正も行います。

95-1株主総会・役員会、95-2 第一塩ビ製造、95-3 新第一塩ビ前史、95-4 協力体制、と新会社の説明を行い、95-6〜13で各事業所の紹介を行った。
当初は塩ビ関係の新聞雑誌情報もZEST-newsに掲載した。(96年からは電子メールの「全社掲示板」に移した。)



スタート時の人員と本社座席表は以下のとおり。

直採者は第一塩ビ販売での採用者、派遣社員(経理)も同じ。
当初はこのほかに、住化から1名、ゼオン(派遣社員)から1名が営業の受注業務の応援で参加した。

  


 

2.初年度の活動 

1)PVC価格の下落

95年7月に社長以下で営業問題を打ち合わせた。売価は6月末で @85だが、9月末での後決め価格(7-9月)は@82-83になるという予想で、損益への影響が懸念された。

実際にはその後、価格は更に下がり、  7-9月は @79となり、10-12月は @71、  96/1-3月は @69、96/4-9は @63.5となった。(スタート時の想定は @85) 
輸出価格もZEST設立時には1,100$という最高値に達したが、米国品の流入で一挙に下落した。

 

値下がりの背景

ZESTスタート時の問題は2社、3社が共納している需要家の価格をどうするかということであった。実際には各社の納入価格に差があり、サン・アローがほとんどの需要家で最も安かった。結論としては最低価格に合わすこととなった。他のメーカーにとってはZESTの値下げによる攻勢と見られ、対抗値下げor それ以上の値下げが行われた。特に信越、鐘化の対応が厳しかった。
  
筆者はこれを「過剰反応」と称したが、実は根が深いものであった。

95年7月20日、日経に「三井東圧・東ソー、塩ビ事業を統合、年内にも新会社」の記事が出た。これは否定されたが、9月13日に電気化学を加えた3社のJV(のちの大洋塩ビ)の発表があった。能力580 千トンで日本最大である。

マスコミはZESTに対すると同様、これをもてはやし、一体化によって生き残りが可能になるとした。
これに対して信越化学、鐘淵化学、三菱化学がこれに過剰反応した。3社は単独でも生き残れるとし、増設を発表、値下げで拡販を図った。輸出価格の下落も値下げによる国内拡販の動きの一因であった。

ZEST設立時のZESTの能力は430千トンで当時は国内最大であった。

ZEST    430千トン
信越化学 390
鐘淵化学 270
東ソー   250
三菱化学 244

東ソー・三井・電化のJVは能力580千トンで日本一となることになるが、この発表直後に3社は能力増強を発表した。

信越化学 :公称390千トンだが実は490千トンであり、更に550千トンに増強中

鐘淵化学 : 高砂のVCM(現状470千トン)をデボトルネッキングで年末に520千トンにするとともに、300千トンのPVCを年末に370千トンに増強、将来は高砂・鹿島2工場で450千トン以上の体制とする

三菱化学 : 水島現状 124千トンをS&Bで160千トンとし、四日市と合わせた合計能力を280千トンとする。

信越は当初、住友化学等の弱小メーカーが撤退すべきであり、また撤退するだろうと考えていた、と言われている。それが一体化して生き残りを図り、更に値下げで拡販をしようとしているのに対して徹底的に対抗しようとしたものである。

2)VCM価格 

PVC価格下落に対してVCM価格が問題になる。
ZESTのVCMは親会社3社が供給した。(ゼオンは山陽モノマー品、住化は千葉塩ビモノマー品、サンアローは自社品。他に不足分は購入)

設立前からVCM価格の決め方が問題であった。
そもそもゼオンが一体化を推進したのはVCMのためである。住化はエチレンを持ち、トクヤマは塩素を持つのに対してゼオン(山陽モノマー)はエチレンと塩素を旭化成に依存する(塩素は旭化成と大曹のJVの岡山化成)。ゼオンとしては今後の生き残りには原料のエチレン、塩素を持つことが必須と考えた。
ゼオンの理想は信越化学の米国子会社シンテックであった。同社は原料を持たないが、VCMを隣接のダウ(塩素とエチレンをもちVCMを製造するがPVCは持たない)から共存共栄の精神でのformula価格で購入している。
ゼオンとしてはこの一体化により住化のエチレン、トクヤマの塩素を安く入手し、競争力あるVCMの確保で生き残れると考えた。

FSの最終段階で各社がVCMコストを開示した。その前の段階では一応、最も安いところに合わそうとの合意があり、ゼオンが最も高いと考えられていた。
開けてみると全員が驚いたことにゼオンが最も安かった。

ゼオンとしてはこれに非常にショックを受けた。住化やトクヤマはこれまで原料をコストで転がしていたのに、一体化すると市価ベースとし、これで儲けようというのはおかしいとした。
この後、共存共栄論や、VCMをZESTに移し原料価格交渉をZESTで行うべし等の議論が次の再編まで続く。

とりあえずは最も安い山陽モノマーを基準に価格formulaが決められた。95年6月の損益見直しではナフサ @12,800ベースでformula価格は @47.4となり、これに親会社損益調整 @5を加え、価格は @52.4となった。この時の汎用品の国内売価想定は @85であった。

VCM価格ルール:

価格:固定費(縦割負担)+市価ベ−ス変動費
 1)固定費
    
千葉塩ビモノマ− 総額x 37.5%   自社枠全量
   山陽モノマ−   総額x 65.0%   自社枠全量
   サンアロ−    総額x 130/133  

 2)変動費
  @自製EDCベ−ス
    山陽モノマ−の実績ベ−ス(塩素、エチレンともに購入)
  A輸入EDCベ−ス
    山陽モノマ−実績ベ−ス、但し輸入EDC価格はひもつき実績
  B購入VCM 実績ひもつき

 3)親会社損益調整 1995 @5、1996 @3.5、1997 @2

95/6 時点の価格formula

前提:
 ナフサ @12,800、エチレン @ 47.6、輸入EDC @ 34.0 
 塩素/塩酸平均 @13.2 (塩素 @14、塩酸@10)
 購入VCM @60   



*親会社損益調整は94年10月のゼオンからの以下の要請によるもの。

ゼオンでは合理化を進め塩ビも損益ゼロ体制が達成できる見通しとなったが塩ビ分離を前提に試算すると10億円の赤字が残る。折角合理化したのがすべて新会社に行き、本体には赤字が残るのは困る。初年度10億円、2年度5億円、3年度3億円程度の損益是正をしてほしい。

これに対して、ゼオンだけに利益を移すのはおかしいとし、VCM価格を一率 @5 up, ゼオン工場管理費を2億円追加でゼオンに10億円の利益を出すこととした。
新会社はサスで @10値上げが出来ればトントンとなる。
値上げが出来なければ新会社の赤字が大きくなるので実際の運営は初年度の予算作成の際に考えることとした。
これにより、初年度の調整額は以下のとおりとなる。

ゼオン    145千t @5 +200百万円=925百万円
住化      93千t @5       =465
サンアロ−  133千t @5      =665     計 2055百万円
                        (95/7-96/3期では15億円)

95/7-9月VCM価格は、ナフサ価格アップで @54.9 となった。
 (95/下期予算価格は、輸入EDC値下がりの影響等で @51.7となった。)

売価値下がりで下期で17億円程度の赤字で、7−9月を加えると27億円を越える赤字(親会社調整15億円含む)が予想され、親会社調整を実施するかどうかで議論が行なわれた。

住化・トクヤマ:状況が大いに変わっている。親会社が15億円も取り上げての初年度からの大幅赤字は好ましくない。見直すべきだ。

ゼオン:新会社設立の条件である。

12月の役員会(各社社長出席)で、赤字対策としてはVCMで協力しようとの意見の一致をみた。

その後、親会社常務会その他で議論を行なった。

3)95年度決算 

1995年度の決算では協議の結果、損益調整を@2.2(+ゼオンに工場管理費で 1.5億円)とすることとした。VCMでの調整は計5.9億円、工場管理費としてゼオン追加分1.5億円で合計736百万円の調整を行なった。

VCM価格については、最終的には96年度末に税理士の意見も入れて覚書を締結し、それに基づき95年度に遡及して修正した。
VCMの親会社損益調整は結果として取り消され、工場管理費の修正によるゼオンへの調整のみ残った。

4)Siam Maspion Polymers への技術輸出 

内容、意図については ZEST-news 95-27(1995/12/25)に記載している。

当社ではこのほどタイ/インドネシアの合弁会社に塩ビの技術をライセンスすることとなりました。
概要は以下のとおりです。

・技術供与先:PT サイアム マスピオン ポリマー社
  タイとインドネシアの 50/50 合弁会社で本社はインドネシアジャワ島のスラバヤにある。
  タイ側株主はサイアムセメント、インドネシア側はマスピオン(詳細は下記参照)

・工場:同社がスラバヤに建設する塩ビレジン(パイプ用)工場で能力は120千t。  
今回は海外メーカーを含め8社が応札し、当社は住友ケミカルエンジニアリングと組んで対応しました。最後は当方とチッソが残りましたが、当社技術を先方が高く買っていること、当社が親会社も含めて広範な協力が出来ることが決め手となって当社技術が選ばれました。

・相手先の詳細:
サイアムセメントはタイ最大のメーカーで、最初はセメント国産のために王様の勅令で設立され、その後株を公開し、セメントのほか、石化、機械、紙、金属、建設資材、セラミック、鉄などに進出し、グループの年間売上は 4400億円に達する。
石化ではPE,PP,PS,SM等を単独又は合弁で生産しており、今回エチレン 60万トンの建設を決めた.(VCMも 30万トンの生産を計画)
傘下のサイアムパイプで塩ビを使用しており、エチレン−VCM−PVC一貫生産を考えたが、最終的にPVCはタイは諦め、東南アジア全域でやることを決めた。
このため 100%出資のセメンタイ・ケミカルとサイアムが出資しているTPC(タイ・ペトロケミカル:当初旭硝子/三井グループ/現地資本の1/3づつの出資で、その後株を公開し、サイアムが13% 出資)で 60/40 の投資会社(サイアムTPC)をシンガポールに設立した。
 (これがタイ側の株主)

他方マスピオンはスラバヤを本拠とする華僑の家庭用雑貨大手で、スラバヤとジャカルタ及び中国本土で塩ビパイプ・継手を生産(塩ビ使用 70-80千t)するほか、PEの食器、アルミの鍋釜、蛍光灯などを扱い、売上は2000億円。
同社は上流のPVC−VCMーエチレン進出を図り、台湾で休止中のエチレン230千トンを移管することを決めている。
   
今回の計画は、それぞれエチレンまで遡って塩ビ事業を始めようとする二つのグループが第一歩として共同で行うもの。マスピオンでは6年以内に2系列の増設を考えており、ペーストにも関心をもっている。サイアム側はインドネシア以外はマスピオンとではなく単独又は現地と組んでやる意向で、次はフィリピンに関心を示している。

・当社にとっての意義:
 製造技術の改善

当社の製造技術は今回の例が示すとおり世界に誇れるものですが、まだまだ改善すべき点があり、特にコスト面では建設費を始めとして問題があります。
これらの改善は増設を通じて行えますが、日本では当面増設は考えられないため、技術輸出は大きなチャンスです。
既に今回のプロジェクトで設備の改善や、設備費の引き下げの検討がなされています。 

 東南アジア/中国への進出の足がかり

アジアは今後2000年までに年率7%の需要の伸びが見込める成長市場ですが 旭硝子、三井東圧、東ソーが各地に進出しているのに対し、当社は出遅れており、成長市場から閉め出されるおそれがありました。
今回の技術供与により、東南アジア/中国での事業展開を図るサイアムと、インドネシアでの事業拡大を計画するマスピオンに入り込むことが出来た訳で、今後の両社の増設への技術供与だけでなく、何らかの形で事業に参加していくことも考えたいと思います。

本計画は2年後の完成を目指していますが、その間基礎設計その他の業務はもとより、先方の詳細設計の指導、建設のチェック、操業指導など、大変な業務があります。又スタート後もいろいろな点での協力が必要です。
当面徳山センターと千葉工場が中心になりますが、皆さんの協力をお願いします。


当初、住友化学では第一塩ビ製造の技術のライセンスを考え、SCEC(住友ケミカルエンジニアリング=住化子会社で3CVの設計・建設を担当)と組んで、タイ・ポリエチレン(サイアム・セメント)、タイのAPEX(新規進出=伊藤忠が関与)、インドネシアのMaspion(新規進出)等と交渉した。

タイ・ポリエチレンは第一塩ビ技術に非常に熱心であったが、急に95/5に、自社の川下(パイプ中心)需要に対する供給ソ−スが見付かったのでタイでの自製計画を中止し、代わりにインドネシアでPVCを生産したいので技術を出して欲しいとの連絡が入った。

サイアムは95/6にMaspionとのJV(P.T.Siam Maspion Polymers)を設立した。
同社への技術輸出について、ファイナンスが必要なため、当方から伊藤忠を推薦した。
伊藤忠では機械部隊が三井造船と組んでEVC技術を持ち込んでいることが判明。大倉部長が機械部隊とは別にクロルアルカリ部として是非やりたいとのことであったが、結局ギブアップした。ファイナンスはSCECが兼松を起用することとしたが最終的にはSMPが資金手当てすることとなった。

1995/8 サイアムにproposalし、10月に江村部長とSCEC新田常務が交渉した。この時点で、韓国三星エンジニアリング(EVC技術)、SCEC(ZEST技術)、チッソエンジニアリング(チッソ技術)、伊藤忠(EVC技術)の4社が残っていた。
サイアム側は当方技術に惚れ込んだが、パイプ用のためコスト優先でチッソが有利となっていた。
そのため、最初の提案 140m3x2=100千tを120千tに変更し(チッソは小さな釜のため釜を増やすことが必要になった)、建設費カット、VCM原単位、副原料原単位等を修正、技術料もチッソに合わした。(これが工場完成後、引渡しまでに時間がかかる原因となった)

最終的にZESTとチッソが残り、95/11/22 Siam Cementの本社に呼ばれた。(チッソが別室で待機)会議にはMaspion社長のマルコスも参加、最初にZESTがpresentationを行い、ZESTと親会社3社の総合力をPRした。サイアムとチッソの会議中、長時間待たされた。諦めて帰りかけようとした時にマルコスが入ってきて、日本語で「おめでとう」と言った。

その後、江村部長がタイ(サイアム)、インドネシア(マスピオン)で契約交渉を行った。

95/12/21の取締役会でライセンス契約を締結する件の報告を行い、午後の飛行機でバンコックに飛び、12/22 サイアム本社で
調印式を行った。(Maspion側は事前にサイン)

 

 

真中はサイアムのApiporn Pasawat(VP-Petrochemicals )、
その左はSCECの新田常務、右が筆者、右端は江村部長

 

 

 

 

 

12/25付 日経に本ライセンスの記事が掲載された。

新第一塩ビ インドネシアへ製造技術 現地合弁プラント支援 工場進出へ足がかり

 住友化学工業、日本ゼオン、トクヤマの3社の塩化ビニール事業を統合して、今年7月に発足した新第一塩ビ(東京・港、佐伯康治社長)は東南アジア事業を強化するため、タイとインドネシアの合弁会社に塩ビ製造技術を供与する。まず2年後をメドにインドネシア国内に新設する塩ビプラントに最新鋭の製造設備の技術を導入する。新第一塩ビは今回の技術供与を足掛かりにして、将来の工場進出を検討する。
 技術を供与するのはサイアム・マスピオン・ポリマーズ。タイのサイアム・セメントとタイ・プラスチック社の合弁会社が50%、インドネシアの家庭雑貨大手、マスピオン社が50%を出資している有力企業。
 サイアム・マスピオン社はスラバヤ島にあるマスピオン社の敷地に年産12万トンの塩ビ製造設備の建設を計画、技術供与先を探していた。国内の他の塩ビメーカーなど8社が入札したがこの中から新第一塩ビの技術を採用することにした。工場建設の総投資額は6千万ドル(約60億円)で、プラント建設は住友ケミカルエンジニアリング(本社千葉市、宇田龍三社長)が担当する。
 新第一塩ビが供与するのは千葉地区にある年産8万トンの塩ビ樹脂プラントで使われているプロセス技術で同設備と技術は90年代に入って開発された。新第一塩ビは国内で43万トンの塩ビ生産能力を持つ。しかし、東南アジア展開ではこれまではマレーシアの塩ビメーカーに日本ゼオンが、インドネシアのメーカーにトクヤマが技術供与や一部資本参加する程度にとどまっていた。

技術料の配分

本件は第一塩ビ製造プラントを基にしたものであり、それは呉羽と親会社3社の共有技術である。
ZESTと親会社3社の間の契約では、営業譲渡に伴い、ZESTは3社の技術(共有技術を含む)の再実施権付独占実施権をもらっているが、特許の維持費負担と、ライセンスフィの配分の義務を持っている。呉羽との間では海外でのライセンスは自由だがライセンスフィは配分するとの口頭了解があった。 

協議の結果、4社の貢献度を1/4ずつとし、費用控除後の1/4を呉羽に、残りをZESTグループとし、ZESTグループ内の配分はZESTが半分、親会社半分とした。

この結果、ZESTの内部ベース損益(ZEST労務費を求償ベースでなく実態ベースとしたもの)は、下記のとおり 49,650千円となり、95年度の損益に計上した。

損益  

  

 

5)電子メールの導入 

ZESTは少人数の会社であるが、事業所は本社、大阪支店に3センターと5箇所あり、更に工場が5工場ある。しかも出身がゼオン、住化、トクヤマ、サン・アロー(トクヤマ子会社だが直採が多い)と分かれている。このため迅速正確な情報の伝達による情報共有化が絶対的に必要であった。
このため、開業前の部長会で江村部長から電子メールシステムの導入の提案があり、実施を決めた。

情報共有化の観点から、設立当初からZEST-newsを発刊した。当初は電子メールがないため、プリントして配布した。また新聞雑誌情報も同じ理由でZEST-newsに折り込んだ。

ZEST設立後、パソコンを順次導入した。予算の関係で全員への配布は97/4になった。
95/11 Lotusのcc-mailを使って電子メールがスタートした。住友化学情報システム(SSS)との専用回線を使うもので、工場にはつながっていない。
96/7 工場と接続するとともに、全社掲示板を設定、新聞雑誌情報はここに載せることとした。

その後の情報システムの展開は以下の通り。


(歴史)


6)プラスチック誌への投稿  

プラスチック誌は毎年1月号で各樹脂の状況を各社が回り持ちで書いている。
1996/1月号は将来の展望も含めて書いて欲しいとの要請があった。
非常に多忙であったが佐伯社長からの指示でまとめた。 
添付

1995年は共販解消、一体化の動きの実現で、日本の石化にとって1つのエポックであるとして、過去の歴史と将来の展望を描き、到達点でなくこれからが真の正念場とした。
当時の問題提起はいまだに解決していない。

 

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