日本経済新聞 2003/1/31
銀行税訴訟 二審も都が敗訴 高裁判決 負担、均衡欠き違法
大手銀行を対象に東京都が導入した外形標準課税(銀行税)条例をめぐり、17行が納めた税金の返還や条例の無効確認を求めた訴訟の控訴審判決が30日、東京高裁であった。森脇勝裁判長は「条例は税負担の著しい不均衡を禁じた地方税法に違反し無効」として約1628億円の返還を命じた。一審に続き都側のほぼ全面敗訴で、都の財政再建路線は窮地に追い込まれた。
石原慎太郎都知事は同日、上告する方針を明らかにした。
判決は一審で認められた約18億円の国家賠償については請求を棄却。銀行側は一審判決後、2001年度分を仮納付したため、返還額は一審の約724億円から増額された。最高裁で二審判決が確定した場合は、条例が無効となり、都は提訴していない銀行を含め年間約1千億円を返却する必要に迫られる。
森脇裁判長は、従来の税負担より重くなるアンバランスな制度導入を禁じた地方税法の「均衡要件」に、同条例が抵触すると指摘。不良債権処理などで赤字となり、所得を課税標準とした場合の法人事業税がゼロとなる銀行が多かったとはいえ、条例に基づいて課税した場合、従来の事業税より全行総額で2000年度で7.7倍、2001年度では3652倍と極端に増えることになり、「地方税法の条例制定権を超え、無効」と判じた。
一方で、地方自治体の課税自主権について幅広く認定。条例の根拠となった「『事業の情況に応じて』事業税の課税方法を変更できる」とする同法の規定に該当しないとした一審判決を覆した。資金量5兆円以上の銀行に限定した点も「中小事業者への妥当な政策的判断として一応の合理性が認められる」とした。
「業務粗利益」を課税標準とした点についても「貸倒損失などから、最適とは考えられない」としたが、「銀行業等の規模・活動量を表すものとして合理性を欠くと断定できない」として都側の裁量に理解を示した。
外形課税 地方独自の導入困難 地方税法改正 国、全国共通化図る
東京都の大手銀行に対する外形標準課税条例が東京高裁で改めて違法とされ、今後、地方独自の外形課税の導入は難しくなる見通しだ。政府は2004年度から全国一律・全業種対象の外形課税を導入。今国会で地方税法を改正し、全国統一の外形課税となるよう規制を強め、独自課税を事実上排除する。既に導入を決めた大阪府も実際の徴税の延期が必至だ。
東京都と政府の外形標準課税(法人事業税=都道府県税)の仕組みの違い
東京都 | 政府案 | |
対象 | 都内で事業を営む資金量5兆円以上の銀行 | 全国一律・全業種で資本金1億円超の企業 |
課税の基準 | 従来の所得課税を全廃、業務粗利益だけを基準に課税 | 税収全体の4分の1について「付加価値(人件費や支払利子など)」と「資本金」を基準に課税。残り4分の3は従来通り所得課税 |
税率 | 3%(農林中央金庫など特別法人は2%) | 所得課税は従来の9.6%を7.2%に下げ、付加価値は0.48%、資本金は0.2%を課税。人件費と資本金への課税に軽減措置 |
時期 | 2000年度から5年間 | 2004年度から恒久制度 |
税収 | 年1000億円程度の増収見込み | 税収全体の水準は導入前と変えない |
外形標準課税訴訟で東京高裁が言い渡した判決の要旨は次の通り。
【本件条例の適法性・有効性について】
▽現行事業税の性格
地方税法72条の19は「所得」を課税標準として課税すると適当でない場合に「所得」以外の適当な外形基準による課税(外形標準課税)を、地方公共団体の裁量によって行うことを認める趣旨の規定である。同条の「事業の情況に応じ」の解釈運用は、応益的な考え方を基本とすべきであり、原則として地方公共団体の合理的な裁量にゆだねられている。
地方公共団体の裁量に対する制約原理(法的な歯止め)として機能するものは、地方税法72条の22第9項が定める外形標準課税の課税標準および税率の決定に、それによる税負担が「所得」を課税標準とする場合の税負担と著しく均衡を失することのないように求めるいわゆる「均衡要件」である。
▽地方税法72条の19の解釈
地方税法72条の19の「事業の情況に応じ」は、事業税の税負担が公共サービスの受益の程度、具体的には事業の規模・活動量に比して「著しく」ないし「相当程度」低いことが「常態化」している場合に満たされる。個々の事業なり業種ことに常態が生じているかを吟味するのが自然であり、特定の事業、業種に限定した外形標準課税の導入を許容しているとの解釈も成り立ち得る。
全国一律の外形標準課税導入が望ましい形態であるが、地方税法72条の19は「事業の情況に応じ」という事業ごとの検討が可能な要件の下に導入する道を開いているので、特定の条例による導入を認めていると解される。
▽本件外形標準課税と地方税法72条の19
銀行業等においては、不良債権処理、貸倒処理の継続により「所得」を課税標準とすると法人事業税額が現状でも既に相当程度減少しているのに、今後も当分の間減少が見込まれる状況であり、業務粗利益や資金取引から推認される銀行業等の活動量は、そのような減少傾向と相当程度対応しないものとなっていた。
外形標準課税の導入に当たっては、中小事業者への影響を検討することが必要で、銀行の資金量や業務純益に関する資料を考慮して資金量5兆円で線を引いた都の裁量権行使は、政策的な判断として一応の合理性が認められる。
以上のとおり、本件条例制定に当たっての都の裁量判断は、いずれも地方税法72条の19において許容される範囲内のものであると認められ、本件条例は同条に違反しない。
▽本件外形標準課税と地方税法72条の22第9項
本件条例は、都だけでの外形標準課税の実施であるので、均衡要件に対するより慎重な考慮が必要となる。大手銀行30行が84年度から98年度までに都に納付した法人事業税の年間平均額と、本件条例による法人事業税額の増額見込額を比較し、また、上記30行が同期間に納付した事業税額が都の全事業税額に占める割合と、本件条例の適用初年度の確定申告納税額が都の全事業税額に占める割合を比較すると、いずれも見合ったものとなる。
具体的には、均衡要件の判断について外形標準課税が導入された後の比較を基本としながら、過去数年間の課税実績からの推計による比較のほか、外形標準課税導入の目的等関連する諸般の事情を、客観的な資料に基づき総合勘案すべきである。
税負担を比較した場合の差額ないしその割合(倍率)について、本件条例の適用初年度(2000事業年度分)及び第2年度(2001事業年度分)における増加割合は、約7.7倍及び3652倍になることが認められ、「所得」を課税標準とした場合の推計事業税額がゼロの銀行がほとんどであるとの事情を割り引いても、本件条例による事業税の税負担は、「所得」を課税標準とした場合と比較して、「著しく」均衡を失している可能性が大きい。
都の均衡要件の判断の基礎資料は、過去15年間における大手30行の事業税額と都の全事業税額に占める割合程度のものしかなく、本件条例が適用されることとなる年度(5年間)については、銀行における不良債権処理の継続で「所得」を課税標準とする銀行業等の税負担がゼロないし限りなく低くなるとの見込み以上の具体的な推計や検証作業がされたことを認めるに足りる証拠はない。都が過去の実績から割り出した大手銀行の事業税額が全事業税額に占める割合等によっては、税負担の不均衡の推認を覆すことはできない。かえって「所得」を課税標準とした場合の税負担がゼロとなる銀行がほとんどであるのに、本件条例による納税額が相当額に上るのは、貸倒損失等を考慮しない「業務粗利益」を課税標準としたことに起因し、均衡要件との関係でも、課税標準における貸倒損失等の扱いについてはなお検討が必要だった。
本件条例による税負担か「所得」を課税標準とした場合の税負担と「著しく均衡を失する」ものではないと認めるに足りる証拠はなく、都はこの証明ができていないといわざるを得ないから、本件条例は、地方税法72条の22第9項の均衡要件を満たしていると認めることはできない。
▽結論
以上のとおり、本件条例は、地方税法72条の19には違反しないが、同法72条の22第9項に違反する違法なものであり、地方税法上与えられた条例制定権を超えて制定されたものであって、無効である。
【本件通知処分の有効性等について】
一審原告らが2000事業年度分および01事業年度分の事業税として納付した金員のうち、本件条例により増加した部分は、都知事の通知処分の取り消しを待つまでもなく、誤納金として返還を求めることができるものであるから、一審原告らの誤納金の返還およびそれに対する還付加算金の支払いを求める請求は理由がある。
【東京都の責任原因について】
均衡要件は解釈に幅のある規定であり、関連する諸般の事情を総合勘案してその適合性を判断すべきところ、都側において一応の吟味検討がされているから、本件条例に至る都側の一連の行為が、国家賠償法上の違法なものと評価することはできない。したがって、一審原告らの国家賠償請求は理由がない。
日本経済新聞 2003/9/13 解説 一審 二審
銀行税訴訟和解へ 都と銀行、税率0.9%で
都、差額など2300億円返還
東京都が大手銀行に対象を絞って導入した外形標準課税(銀行税)条例を巡り銀行側が納めた税の返還などを求めた訴訟で12日、双方が最高裁で協議、税率を3%から0.9%に引き下げ、銀行側15行が納めた3年度分の税金の差額など約2300億円を返還することで和解する見通しとなった。
都側、銀行側ともに調整を進め、17日に合意文書を作成する予定。これを受けて、都は18日から始まる都議会で税率引き下げの条例改正を提出する。
税率0.9%は1994−2003年度の過去10年間の銀行の納税額をもとに「平均的に税収が確保できる水準」として算出したという。
都の銀行税は、資金量15兆円以上の銀行を対象に業務粗利益の3%を税率で課税。2000−02年度の税収は計約3173億円だった。
和解によって税収は約952億円に減額され、残りの約2221億円に加算金約123億円を上乗せした約2344億円が銀行側に返還されることになる。
同税を巡っては、導入が決まった2000年の秋に大手銀行が条例の無効確認と税の返還を求めて提訴した。一審の東京地裁では銀行側が全面勝訴。東京高裁も今年1月「課税は無効」として都に税金返還を命じ、双方ともに最高裁に上告していた。
今年7月に、都が大手銀行側に1993−2002年度の納税額から算出した「税率1%」とする和解案を提示。双方の弁護団は9月に入ってから、最高裁で行われた意見聴取の場で協議を続けていた。
全国銀行協会・原告弁護団のコメント
和解案は実質的に15行の総意にかなうものと思われるが、原告銀行団として最終的にこれを受け入れるかどうか検討する。
都・銀行、痛み分け メンツ維持/「臨時収入」確保 「台所」双方厳しく
外形標準課税(銀行税)条例訴訟の経緯
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大手銀行を対象にした外形標準課税(銀行税)条例訴訟を巡り、東京都と銀行団の和解が17日にも成立することが固まった。和解でメンツを保ちたい都、税返還に伴う「臨時収入」を確実に手にしたい銀行団双方が実利優先で歩み寄った。最高裁の関与で急展開を見せた舞台裏には、それぞれの台所事情が見え隠れする。
「高裁判決を最大限尊重して考えた案だ」。7月17日、都側弁護団の代表は銀行側の弁護団に和解の意向を初めて打診した。3%の現行税率を1.1%に下げる案だ。
その後、税率を1.0%に下げ、返還金に年率4%強の還付加算金を上乗せする譲歩案を再提示。結局、当初案より0.2ポイント低い0.9%で「痛み分け」の和解にこぎつける見通しとなった。
税率を下げることで都の返還額は還付加算金も含めて2344億円に上るが、最高裁で敗訴が確定すれば全額返還を迫られる上、係争が長引くほど加算金は膨らむ。都の昨年度決算は524億円の実質赤字。赤字は5年連続で「加算金をできるだけ少なくしたい」(幹部)のが本音。早期和解は返還金の“減額”につながる。
一方、銀行団は四大銀行が真っ二つに割れ、意見集約に手間取った。全国銀行協会の会長行の東京三菱とUFJが和解に慎重な半面、三井住友、みずほは当初から柔軟姿勢を見せた。
「和解派」幹部は「強硬姿勢を貫けば都議会などで銀行批判が強まりかねない」と漏らす。都の指定金融機関であるみずほについて「全面対立は避けたいのだろう」(銀行筋)との見方もある。
訴訟継続か和解か。銀行の思惑の対立が頂点に達したのは9月8日だ。
「弁護団の一部に和解を壊す意図が見える」「弁護団も頑張っている」銀行団十五行のトップが都内で集まった席上、和解派と慎重派のトッブが激しく言い合った。だが強硬派も銀行団の決裂だけは避けたい。このトップ会合が転換点となり和解に大きく傾いた。
背景には最高裁の関与が見込めることもある。独自に和解すれば株主代表訴訟の対象になるとの不安が銀行経営者にはある。最高裁主導で和解交渉を進めれば、その心配は「ほぼなくなる」(都銀幹部)。
銀行税条例では銀行が「大手銀だけを狙い撃ちした」として都を訴え、一審で銀行側が全面勝訴。今年1月の東京高裁判決でも都が敗訴した。
結果として高裁判決が都を和解へと後押しした。判決で資金量5兆円以上の銀行への課税や業務粗利益を課税標準にしたこと自体は認められ、一審判決より大幅に都の裁量権が認められたからだ。
この判決で都は国に先がけて導入した外形標準課税が「内容では勝った」(石原慎太郎都知事)との感触を得たもよう。最高裁で一審判決に逆戻りする危険を考えれば和解する方が得策との判断も働いたとみられる。
赤字脱却が至上命題の銀行は約950億円の税を払うことで今期の利益積み増しを勝ち取った。逆に都は約2300億円を払い戻すことで、課税自主権に寛容な判断を示した「高裁判決を守った」といえる。
大阪府、模様眺め
東京都と同様の銀行税を導入し、大阪地裁で銀行団と係争中の大阪府は、まだ一審判決が出ていないため模様眺めの構えだ。大阪府は都の訴訟をにらんで徴収時期を2年先延ばしし、2004年度からとしている。
大手銀今期 最終黒字化へ追い風
和解は銀行の財務に好影響を与えそうだ。納付済みの税金のうち2300億円強が返還される見通しで、各行が至上命題に掲げる今期の最終黒字達成への追い風となる。
大手銀行など30行は2000−02年度の3年分、3千億円強の銀行税を「仮納付」している。納付を見送る考えもあったが、税金が条例に基づく形式的な課税要件を満たしている以上、いったん納税した後で返還を求める立場をとった。
税率0.9%で和解が成立すると、納入済みの7割の約2200億円が返還される。年率4%強の「還付加算金」を加えると返還額は2300億円強となる見込みだ。
この臨時収入は2004年3月期決算で「特別利益」として計上される。大手7大銀行グループに限ると特別利益は1600億円強となる見通し。貸借対照表上も剰余金として自已資本を厚くするので、大手銀平均で約1%の自已資本比率の上昇要因となりそうだ。
大手銀行グループは前期に軒並み最終赤字に陥り、三菱東京、りそなを除いて8月に金融庁の業務改善命令を受けた。各行は04年3月期の黒字回復を「公約」し、未達成なら頭取退任などを迫られる。今回の税金還付は干天の慈雨となる。
日本経済新聞 2003/9/19夕刊
都の銀行税訴訟和解 弁護団主導 あうんの呼吸
強引な導入手法で批判を浴びる一方、税金を払わずに税金投入を受ける銀行への懲罰的性格に喝さいも博した東京都の銀行税。大物対決とはいえ、体力不足同士の訴訟の先には「和解」の道しか残っていなかつた。
和解で双方の実利とメンツを立てた。税率を過去にさかのぼって業務粗利益の0.9%(現行3%)に引き下げ、銀行側は還付加算金を含めて都から2344億円の返還を受け、収益改善と自己資本充実が可能になる。都も目減りしたとはいえ、総額約1100億円の銀行税を確保。
和解のレールは今年1月の東京高裁判決で敷かれていた。判決は「資金量5兆円以上の金融機関狙い撃ちが違法」などとする銀行側の主張をことごとく否定。法的、政策的に許容できるとした上で、税率(3%)が過重である点から、都側敗訴とした。
試合に勝って勝負に負けた都側。徳俵に足をかけて、うっちゃりを決めた銀行側。判決自体が「一種の和解を促す判決」ともいわれ、税率の引き下げで両者が水面下の話し合いを進めるのは自然の流れだった。
都側は最高裁で敗れれば、過去の徴収分の全額返済に加えて還付加算金をつけねばならず、都民に申し開きできない。2004年度から全都道府県に外形標準課税を導入する地方税法の改正で、銀行税の先導的役割も示せた。都側弁護団も都に和解を勧めた。
一方、銀行も和解を拒否して100%勝てる確信があれば別だが、高裁判決をみて「もしや」という不安はよぎる。政府ももともと、内閣法制局や総務省で銀行税を検討した際、違法と断定できないまま問題点を列記した閣議了解をまとめた経緯もある。
適法か違法かのきわどい税制であり、仮に都の申し入れを蹴って、最高裁で敗訴するようなことになれば、今度は「和解に応じず損害を与えた」として株主代表訴訟が起きる事態も想定される。
銀行側は最高裁判事OB、都は高裁長官OBを弁護団長に起用した。司法関係者は「最高裁も含めて判事ギルドの世界で、あうんの呼吸で和解に持っていったのだろう。やみくもに突撃とはいかない」と弁護団主導の和解劇と推定する。
最高裁の和解調書をつけて手打ちすることで、都民、株主双方からの訴訟を封じる狙いもある。最高裁だって、地方税法改正で自動失効目前の都の銀行税で判決を下したところで、もはや歴史的判例ともならず、力は入らない。いずれにさいころを振っても、高い評価を受けることも難しい。仮に和解せず、いずれが勝訴しても、この国の将来に灯をともす性格の判決にはならなかっただろう。自治体の課税自主権行使の積極的意義と反省点を教えたのが、銀行税最大の功績かもしれない。