日本経済新聞 2002/8/4

産業再生の大型新人「ナノテクノロジー」

 日本産業の競争カ低下を慨嘆し始めてからどのくらいの年月が流れたろうか。唯一の例外は自動車産業だけだった。ところが、ここにきて、日本産業再生の「大型新人」が登場しようとしている。電子顕微鏡でしかのぞけない超微細な世界で展開される「ナノテクノロジー」だ。世界の先陣を切って、日本各地で炭素(カーボン)を中心にしたナノテク産業化の研究が進行中だ。それも日本の課題と言われた「大学発→企業着」という「学ー産」連携の理想的パターンだ。「ガンバレにっぽん経済」取材チームはその開発のリーダーたちのカ強い証言に触れて、心から確信を持ったーー日本は必ず元気いっぱいに再生する。

「大学発→企業着」の研究続々 新市場切り開くカーボン最前線

 実用化目前、ナノチューブ
 長野ー。県政が大揺れに揺れる長野市の中心部から自動車で5分ほど走った。工業生産が急速に落ち込み、経済は沈下中。道路の両側には、大型商業施設が次々と撤退した後の、空きビルが点々としている。しかし、その通りの向こうに日本を代表するナノテクの研究拠点の一つ、信州大学工学部のキャンパスがあった。
 「これが
カーボンナノチューブ」。遠藤守信教授は円筒形の大きな模型を手に持って見せながら「これで日本の産業は復活する」と自信満々に話し始めた。
 カーポンナノチューブはナノテク分野で最初に実用化されつつある素材の一つ。炭素原子が超微細分野で結合して長いチューブ状に形成される。炭素原子がサッカーボールのように球状に結台する「
フラーレン」とともに、ナノテクを代表する新物質だ。
 さまざまな物質特性があり、電子、エネルギー、医薬品などの産業分野に新しい商品群を創生する可能性がある。
 遠藤先生の話のテンションが高いのは、7月中旬、米国ボストンで開催されたカーボンナノチューブの国際シンポジウムが予定の2倍近い規模に膨れ上がる活況を呈したからだ。参加者の地域も米国はじめ、欧州、アジアと広がりを見せた。企業の研究者も数多くの発表を行ったし、投資家の姿も目立った。「まさしく実用化前夜。21世紀は間違いなく炭素の時代」−−これが遠藤先生の実感だった。もちろん、世界に油断できない多くのライバルがいることもはっきりしたがーー。
 遠藤先生は1976年、ナノサイズの鉄球を触媒にして、細長い炭素繊維を製造することに成功した。まだ、カーボンナノチューブが発見されていないころである。しかし、91年、NEC基礎研究所の飯島澄男特別主席研究員がカーボンナノチューブの論文を発表、にわかにその極細炭素繊維が注目された。その芯(しん)はカーボンナノチューブで、同じ製法でチューブが量産できる。この製法で多くの企業が量産体制に入り、半導体デバイスの製法にも応用できる。
 遠藤先生が開発した微細な炭素繊維の性質はナノチューブと同等で、多層ナノチューブと呼ばれるものだ。すでに昭和電工によって工業化され、リチウムイオン電池に必須の材料として世界をリードする日本の電池技術を支えている。カーボンナノチューブの大量生産により、市場は大きく開けようとしている。
 遠藤先生のナノチューブは鉄球の触媒を利用して製造工程を制御できるのが長所。産業への応用が現実化してくると、製造手法が有カなこともあって、国内外のさまざまな産業分野のメーカーが遠藤研究室にどっと押しかけてきている。

 シリコンの限界打ち破る
 名古屋ー。名古屋大学理学研究科。ノーベル化学賞を受賞した野依良治教授とすれ違いながら廊下を進むと、物質理学専攻の篠原久典教授の研究室がある。新しい半導体技術となるナノテクの研究が進行中だ。
 サッカーボールのようなフラーレンの中に金属球を閉じ込め、この金属内包のフラーレンをさらに細長いカーボンナノチューブに封じ込めていくと「さやえんどう」のような細長い物質を形成できる。チューブの直径は1ナノメートル。これを回路に利用できれば、現在のシリコンを基盤にした半導体回路を30分の1に微細化できる。シリコンの半導体回路は微細化の限界が近づいていると懸念されているが、シリコンに代わり、その限界を打ち破る可能性がある。
 千葉ー。JR西千葉駅前に広がる千葉大学のキャンパス。ナノカーボンはエネルギー分野にも大きな応用領域が広がっていると聞いて、この分野で世界の第一人者といわれる理学部の金子克美教授を訪ねた。
 ナノカーボン物質には水素を吸蔵する性質があると期待されている。クリーンなエネルギー源の水素を利用するために必要な技術の一つが、水素を安定的に運ぶ方法である。水素原子をできるだけ軽い物質に吸い込ませて、必要なときに取り出せるようにできないか。軽くて密度濃く水素を吸着できる物質として、炭素原子を牛の角のような形状に形成する「カーボンナノホーン」に注目しているのが金子先生である。着実な研究面で、日本が欧米の研究を引き離し、大きく先行している。
 東京・本郷、東京大学ー。安田講堂の隣に立つ理学部化学館。サッカーボール状の形状を利用してフラーレンを医薬品や医療に応用する研究が進行中である。中心になっているのは大学院理学系研究科の中村栄一教授。
 「フラーレンに光を当てるとDNAの鎖を切断できる。水に溶ける有機フラーレンの合成が決め手になるが、私たちのグループは世界で初めて含成に成功した」。現在は、さらに、DNAを保護するフラーレン技術の研究に取り掛かっている。医薬品は時間がかかるので、中村先生は疾病の遺伝子治療への応用を究極目標にして研究を進めているという。
 93年、海外でもフラーレンを応用してHIV(エイズウイルス)の活性を抑止する働きが発見されている。その後、いくつかの難病について、フラーレンを利用して治癒する医療技術の研究が進んでいる。

日本優位の基盤技術 炭素繊維に代わる素材創出

 2010年、27兆円市場に

 ナノテクはすでに研究室を飛び出ようとしている。11月に東京・丸の内の新生、丸ビルで開催される本格的なナノテクの展示会「日経ナノテクフェア」には実用化を目指す多くの企業が参加し、その一端を垣間見せてくれることになっている。
 日本経団連の調査によると、ナノナク市場は2005年には2兆4千億円、2010年では27兆円と巨大な市場に発展すると予想される。
 「日本の"大学発”の研究が産業化される点で、大きな期待が集まる」(大沢秀一・大和総研新規産業情報部主任研究員)
 最も期待されているのがエレクトロニクス分野で、2010年時点で14兆円、ついで素材分野が9兆円、計測加工分野が2兆円、エネルギー分野が1.5兆円、航空宇宙分野が1兆円程度と、いずれも広大な市場への成長が期待されている。
 さらにナノテクが期待される理由は「基盤技術で日本の優位性がある」(大沢映二・豊橋技術科学大学名誉教授・ナノ炭素研究所所長)ことだ。
 特に炭素技術である。ナノカーボンの基盤になる源流の一つは炭素繊維技術で、これは世界市場で日本が独占している。とりわけ炭素繊維は、複合材料の素材として日本企業が市場を開いた。ナノカーボンは炭素繊維に置き換わる素材として市場が見えている。
 たとえば、現在、炭素繊維が使われるタイヤ。グリップ力が大きいタイヤを製造するためにゴムの強化材料としてナノカーボンの市場がある。樹脂に複合して軽くて強いプラスチックを作ることができれば、省エネのプラスチック自動車の実現性が見える。炭素繊維は軽くて強いことから航空機の機体の複合材料として使用され、防弾チョッキにも使われている。ゴルフのクラブでも炭素繊維を材料に使ったものは大人気である。こうしたところがとりあえずカーボンナノチューブの有カな応用分野だ。
 現在、パソコンやテレビなどに使われているディスプレーもナノチューブが利用されるだろう。実際、ノリタケ伊勢電子工業や双葉電子工業などのディスプレー分野で技術をもつメーカーが、ナノカーボン分野で盛んに特許出願を行っている。野球場やサッカー場などに設置されている巨大ディスプレーにナノカーボンが使用される見通しで、近いうちに話題になるだろう。

 生産への動き本格化
 しかし、ナノカーボンは大学の研究室の技術ではない。すでに産業界は生産へと動き出している。特に産業への影饗力をもつ総合商社が動き出したのが注目される。
 一足早く動いたのは、三菱商事グループ・三菱化学が2001年末、フラーレンの量産を目標に資本金23億円で設立した
フロンティアカーボン社。三菱商事からフラーレン物質特許のライセンスを、米国ベンチャーから製造特許のライセンスを受け、事業基盤を確立した。
 今年5月にはサンプル出荷を開始した。自社製品への適用を目指す各分野のメーカー約80社と守秘義務契約を結び、さらに数十社と交渉中という。量産が順調に進めば来年、2003年度には年産40トン、2001年のフラーレンの世界全体の生産量の20倍から30倍の量を一挙に供給する。販売価格も、サンプル出荷の段階で、昨年の1グラム当たり5千円の10分の1の500円まで引き下げ、「1千トンを超える本格的な量産段階ではさらに10分の1程度を目標にしたい」(宍戸潔・三菱商事事業開発部シニアマネージャー)と意欲的である。
 
三井物産はナノテクを4区分し、材料系、空間利用、メカ系、バイオナノ系のグループ会社を次々に設立、ナノテクを将来の事業の柱に育成中だ。「ナノテクはすそ野が広いが、シーズとニ−ズをいかに結びつけるかがポイントで、大学の研究シーズを目利きし、日本や世界のモノ作りネットワークで迅速に商品にしていく新しい技術事業化モデルヘの挑戦」(前野拓道・ナノテク事業室長)という。現在、筑波大学をはじめ、ざっと30の大学と提携している。今年の9月から、グループ会社での生産を始める計画だ。
 また、
昭和電工日機装など、カーボンナノチューブの生産に動き出した企業も増加中だ。日本のナノテクは頼もしく始動している。日本再生のキーとなるだろう。


日本経済新聞夕刊 2002/8/3

ナノテク素材 フラーレン量産 三菱化学系、来年に新工場

 三菱化学・三菱商事系の新素材メーカー、
フロンティアカーボンは、ナノテクノロジー(超微細技術)を使った代表的な炭素系新素材であるフラーレンの新工場を建設、2003年4月に稼働することを決めた。生産能力は現在の供給量の100倍に当たる年間40トン。この規模での量産は世界で初めて。従来サンプル出荷にとどめてきたが、需要開拓のメドが立ったため本格的な量産に入る。
 三菱化学の黒崎事業所(北九州市)内に地上三階建て、延べ床面積約5千平方メートルの新工場を建設する。総投資額は約20億円。既に着工した。
 フロンティアカーボンは同事業所に設けた年産400キログラムの生産設備でフラーレンを生産、5月にサンプル出荷を始めた。現在までに素材メーカーや研究機関など約60社・団体に研究目的のフラーレンを出荷した。
 フラーレンは自動車バンパーの添加剤などで一部実用化が始まったカーボンナノチューブと並ぶ、ナノテク利用の有望炭素系新素材。燃料電池材料や医薬品材料に幅広い用途が見込まれる。フロンティアカーボンは製薬、化学メーカーなど需要家との用途開発に力を入れ、量産・実用開発で主導権を握る考え。


日本経済新聞 2001/12/4            発表文      経緯と製法

ナノテク新素材量産 三菱化学・商事が新会社 フラーレン 医薬など応用

 三菱化学と三菱商事は3日、ナノテクノロジー(超微細技術)分野を代表する新素材のフラーレンを大量生産する折半出資会社「フロンティアカーボン」(友納茂樹社長)を設立したと発表した。2007年までに約220億円を投じ、現在の世界生産量の1万倍に当たる年1500トンを量産できる体制を築く。価絡を1グラム100円未満に引き下げ、フラーレンの市場拡大を後押しする。  
 フラーレンは60個の炭素原子がサッカーボール状につながった100万分の1ミリメートルほどの分子。「カーボンナノチューブ」とともにナノテク分野を代表する新素材で、医薬品や化粧品、太陽電池などへの応用開発が進んでいる。三菱総合研究所は2020年にフラーレンとナノチューブの世界市場は4500億円を超えると予想している。
 
 3日付で設立したフロンティアカ−ボンは資本金10億円でスタート、3年後に約50億円に増資する。三菱化学の黒崎事業所(北九州市)内に設ける設備で、2002年2月から年産400キログラムで試験生産を開始。年1500トンを生産する2007年には、230億円の年間売上高を目指す。
 
 三菱商事が持つフラーレンに関する基本特許を使い、三菱化学がタイヤに混ぜる強化材料の生産技術を応用して量産技術を開発した。ベンゼンなど有機溶媒を燃やしながら作る方法で、現在1グラム当たり5千円ほどする価絡を100分の1近くにできるとみている。
 
 医薬品や電子、化学などフラーレンの応用分野の特許は世界で700件ほど出願されている。米国のベンチャー企業であるバッキーUSA(ヒューストン)や中堅化学メーカーの本荘ケミカル(大阪市)などがフラーレンの生産を手がけているが、生産量は世界全体で年100−200キログラムにとどまっている。三菱化学と商事が量産に踏み切ることで、商業利用へ向けた応用開整に弾みがつきそうだ。
 

フラーレンの応用分野
医薬品・化粧品:がんやエイズ、骨そしょう症の治療薬、薬物送達システム(DDS)、遺伝子治療用のベクター(運び屋)、老化防止機能を持つ化粧品
エネルギー・化学、環境 :高温超電導材料、高効率の太陽電池、化学品製造用の触媒、ガス検知装置、ガス貯蔵
電子材料 :電池用電極、燃料電池の電解質膜、磁気記録材料、電子写真、光検出器
機械 :超小型ロボットのベアリング、潤滑材、超硬材料

日本経済新聞 2001/9/14

未来戦略 ナノテク新素材で先行 三菱化学、量産化へ

 ナノテクノロジー(超微細技術)分野の代表的な炭素系新素材、フラーレンの商業生産が日本で始まる。世界に先駆けるのは三菱化学と三菱商事。2004年までに50億円を投じ、現在の世界供給量の約1万倍に相当する規模の生産設備を建設する。電子や医薬品など広い分野で有望な材料で、フラーレンビジネスで世界一を目指す。

 
米人CTOが旗振り
 「1グラム当たり数十円には下がる。6−7年で10円近くまで引き下げたい」。三菱化学のG・ステファノポーラス最高技術責任者(CTO)は自信たっぷりに語る。炭素原子がつながりサツカーボールのようになったフラーレンは現在、1グラム数千円と金の3−6倍もする。様々な応用が期待できる材料とはいえ、同100円を下回らないと普及は難しい。
 
 ステファノポーラス氏が自信を持つ背景には、新しい量産技術を確立したことがある。燃焼法といい、ベンゼンやトルエンなどの化学原料を低い圧力の下で不完全燃焼させ、そのススの中からフラーレンを取り出す。反応炉内の温度分布を均一に制御することがポイントで、初めて連続生産が可能になった。
 
 収率は重量比でススの20%を占め、従来の製法よりも5−15ポイント高い。「3年後には30%まで高められる」と科学技術戦略室の友納茂樹部長は話す。
 
 これまでフラーレンは、黒鉛に電流やレーザーなどを照射し、蒸発してできたススから分離してきた。これらの製法は、連続生産ができず、コスト低減も難しかった。

 
2004年に年1500トン供給
 三菱化学は1990年代初めに量産法を研究してきたが、収率はなかなか上がらなかった。燃焼法にたどり着いたのが今年初め。米マサチューセッツ工科大学(MIT)がベンゼンなど芳香族化合物の燃焼で作れると発表したことがきっかけだ。三菱化学が昨年招いたステファノポーラス氏はMIT教授を兼ね、そのグループには同僚もいる。詳しい情報をつかみ、タイヤの強化剤に使う同社のカーボンブラックの製法が応用できることが分かった。
 
 三菱化学は石油化学やバイオが主力事業。フラーレンに糖や有機物、デオキシリボ核酸(DNA)をつけて多彩な機能を加えるといった合成技術でも、強みを生かせるとみている。
 2004年には年間1500トンを供給できる。三菱商事は20社を超える企業にサンプルを提供し応用開発を促している。同社が今年設立したナノテク専門の投資基金の第1号案件でもある。    

 三菱商事が基本特許  
 フラーレンと並んで期待の大きい、筒状になった炭素系新素材のカーボンナノチューブは、国内外の企業が入り乱れて特許を出願している。フラーレンについて友納部長は「三菱商事が基本特許を押さえているので、後発企業は当分出てこない」と見通す。
 日本の化学企業は、欧米勢に比べ規模が小さい。アジア諸国が急速に力をつけており、汎用的な化学品だけではいずれ行き詰まる。市場規模が拡大し収益の見込める新素材ビジネスをいくつ育てられるかが、将来を左右する。三菱化学はいち早くかじを取り始めた。

主なフラーレンの製造法

燃焼法 減圧した炉の中にベンゼンに酸素を混ぜて1500度で燃焼する。
アーク放電法 ヘリウムで満たした炉に黒鉛を電極に使い放電で蒸発させる。
抵抗加熱法 黒鉛に電流を流して蒸発させて作る。比較的量産しやすい。
レーザー照射法 黒鉛にレーザーを照射して蒸発させる。そこにヘリウムガスを流し込んで冷却する。
高周波誘導加熱法 石英管の周囲に電線を巻いて100キロヘルツを超える電流を流し、管の中に入れた黒鉛を蒸発させる。

日本経済新聞 2002/8/2  

三菱商事 ナノチューブ生産参入 量産技術確立へ 年内に会社設立

 三菱商事が筒状炭素分子カーボンナノチューブ生産に乗り出す。年内をメドに新会社を設立、量産技術確立に取り組み、2004年にも製品供給を始める。三菱化学と組んで5月から量産を始めた球状炭素系分子フラーレンに加え、ナノチューブも生産することで、ナノテクノロジー(超微細技術)開発の主導権を握る考え。
 これら2つの炭素系ナノテク材料は次世代電子素子や薄型表示装置、電池、医薬品などの中核素材となる可能性が高く、20年後の市場規模が4500億円超との試算もある。
 
 三菱商事はナノチューブ新会社に加えて、量産で他社に先行するフラーレンについて、用途開発別に新会社を3−4社、年内に設立、製品開発でも優位性を確保する。
 
 ナノチューブ新会社の規模、試作設備の能力、投資額などの詳細は今後詰める。三菱商事が運営するナノテク投資ファンドと米国に拠点を置くナノテク技術子会社
フラーレン・インターナショナル・コーポレーション(FIC、ニューヨーク)の両者が資本金1億円程度を出資する見通し。  
 炭素原子層が二層からなるナノチューブの量産技術を開発する。この二層型は電子を放出する性能に優れるとみられ、次世代薄型ディスプレーへの利用が有力視されている。
 
 アーク放電で炭素原料を蒸発させてナノチューブを作る。製法特許などはFICが出願済み。ただ、大量の電力を使うアーク法は量産に不向きともいわれる。新会社では年産能力数百キログラム程度の試作設備で、1−2年かけて低コストの量産技術を開発する。
 
 量産技術が確立すれば、新会社を発展的に解消、メーカーなどと組んで量産会社を新設する。
 
 ナノチューブ量産は、ライバルの三井物産が研究開発子会社を通じて今秋から年産能力120トンの設備で始動させる予定。三菱商事の参入で次世代の産業基盤技術といわれるナノテクを巡る競争もし烈になりそうだ。
 
 一方、年内に設立するフラーレン用途開拓会社の研究内容は明らかにしていないが、高性能電池や次世代の電子材料、化粧品や医薬品などフラーレンの特性を生かした分野になる見通し。

  力一ボンナノチューブの主なメー力一  

企業名 拠点 生産能力 稼働時期
カーボン・ナノテク・リサーチ・
インスティチュート
 (三井物産子会社)
東京都昭島市   120トン 2002年秋
昭和電工 川崎市     10トン 稼働中
日機装 静岡県榛原町     8トン 稼働中
GSIクレオス(旧称 グンゼ産業) 米オハイオ州 40−50トン 稼働中
本荘ケミカル 大阪府寝屋川市 約360キロ 稼働中
三菱商事 未定 未定 2004年以降
ハイベリオン・キャタリシス・インターナショナル 米マサチューセッツ州    

* 大阪ガスはフッ素系炭化水素を化学還元した炭素の中間体に電子線を照射してカーボンナノチューブをつくる方法を確立、「量産のメドが立った」(西田亮一技術推進室課長)。
    http://it.nikkei.co.jp/it/archive/chokoku/2001022106662p8.cfm


日本経済新聞 2002/8/19

カーボンナノチューブ NEC、2004年にも量産 年1トン、燃料電池用

 NECは2004年にも、ナノテクノロジー(超微細技術)の代表的な炭素素材であるカーボンナノチューブの量産を始める。特殊なガスを使った量産技術を開発した。生産規模は年1トン程度。小型燃料電池の電極材料として自社で利用するほか、外販も検討する。量産は三菱商事なども計画しているが、電機メーカーでは初めて。
 カーボンナノチューブは炭素原子が網の目状につながった直径数ナノ(ナノは10億分の1)メートルの筒状の素材。鋼より強度に優れ、水素の貯蓄能力も高いなど幅広い用途が見込まれている。NECはその一種で「
カーボンナノホーン」と呼ばれる円すい状素材を量産する。
 開発した量産技術はアルゴンガスを流した炉の中に炭素材を置き、レーザーをあてて反応させる手法で、90%以上の歩留まりが期待できるという。グループ会社の工場内に専用プラントを併設するか、他社に技術供与して生産委託する方針。
 まず水素と酸素を反応させて発電する燃料電池の電極向けに生産・供給する計画。カーボンナノホーンは発電を助ける触媒の機能を高める特性がある。触媒が微細な網の目に付着して表面積が広がり、発電効率は従来の炭素材料を使うよりも20%以上向上するという。
 カーボンナノチューブはノリタケカンパニーリミテドグルーブのノリタケ伊勢電子(三重県伊勢市)や韓国サムスン電子が、薄型テレビの電子銃として開発を進めるなど実用化研究が進んでいる。また、三菱商事や三井物産などが量産プラントを立ち上げる計画を打ち出している。
 NECは燃料電池以外の用途開発も進め、新材料を活用した新製品の開発を進める。また、材料自体の外販もねらう。


日本経済新聞 2002/8/16

ナノチューブ 高純度に ソニーが新技術、収量4倍 電子素子の性能高く

 ソニーのマテリアル研究所は炭素が筒の形につながった材料、カーボンナノチューブを高純度に生産する技術を開発した。従来方法に比べ収量が4倍以上高まる。材料を傷めず、電子素子向けなどで高い性能を出せる。高速・低消費電力の次世代トランジスタや薄型の表示装置用部品など幅広い分野で実用化を検討する。
 二本の電極の間で放電しナノチューブを合成する装置を使った。生産したのは単層型と呼ばれるカーボンナノチューブで、大半が直径1.8ナノ(ナノは10億分の1)メートルと極めて細い。生産量は明らかにしていない。
 できたナノチューブはヘリウムの風を送り込み、重量の違いを利用して分離する。触媒に使った金属の微粒子や同時に合成されたグラファイトやアモルファス(非晶質)カーボンは重いため途中で落下し、最も軽いナノチューブが遠くまで飛び、別途回収する。
 放電でナノチューブを作ると一般に、不純物がほとんどを占める。新しい方法を採用すると、ナノチューブの含有量の目安となる指標が18.1と、従来の4.3から飛躍的に向上した。さらに数値を25.9へと高める改良にも成功している。特許も出願した。
 不純物を分離するため酸などで処理する手法はあるが、ナノチューブを傷める恐れがある。特に単層型は、他社が量産する多層型に比べ電子を放出しやすく、大電流を流しても断線しない性能を持つ。本来の性能を生かして高性能のトランジスタや表示用部品、燃料電池の電極、センサー、触媒などの応用を目指すとみられる。
 カーボンナノチューブは昭和電工や日機装、GSIクレオスが年8−50トン規模で生産を始め、今秋以降、三井物産子会社や三菱商事なども参入する。ナノチューブを含むナノテク素材の市場規模は、2020年に4500億円規模に広がる見通しだ。


日本経済新聞 2002/8/22

ナノチューブ量産研究 電機・素材8社と4国立大 今秋から、経産省も支援

 NEC、三菱重工業など国内メーカー8社と、千葉大学など国立四大学は今秋から、次世代の基礎素材で、半導体の集積度や燃料電池の発電能力を飛躍的に高められるカーボンナノチューブの量産技術を共同開発する。経済産業省が外郭団体を通じて5年間で総額50億円程度を支援し、2、3年後をメドに世界最大級となる年産1トン以上の量産技術を確立する。
 ナノテクノロジー(超微細技術)の代表的な炭素素材、「単層ナノチューブ」の量産技術を開発する。同素材を使えば、現行製品より動作速度が2倍以上の半導体も製造できる。鋼鉄よりも硬い特性を生かして傷が付かない自動車用塗料の材料としても利用できる。開発にはNEC、富土通、三菱重工業、東レ、三菱レイヨン、GSIクレオス(旧グンゼ産業)、日機装、NOKの8社と千葉、山形、九州、長崎の国立四大学が参加。経産省の外郭団体、ファインセラミックスセンター(JFCC、名古屋市)を通じ資金援助する。
 カーボンナノチューブ分野の第一人者であるNEC特別主席研究員、飯島澄男氏がプロジェクトリーダーに就任する。産業技術総合研究所(茨城県つくば市)内に各社の研究者が常駐できる研究施設を設け、定期的に研究成果を共有する。大規模集積回路(LSI)の配線に同素材を使う応用技術の開発にも取り組む。


日本経済新聞 2002/12/18

カーボンナノチューブ 加工しやすいテープ状に NKK、量産化めざす

 JFEグループのNKKは17日、ナノテクノロジー(超微細技術)の代表的な材料であるカーボンナノチューブをテープ状に合成することに成功したと発表した。プラズマ・ディスプレー・パネル(PDP)に代わる表示装置として開発が進んでいる省電力型の薄型テレビ向けのディスプレー材料などとして量産化をめざす。
 粉末状の従来製品に比べあらかじめテープ状になっているため加工しやすい。任意の長さに合成でき、曲げることも可能という。アーク放電を使う製法で、一定の条件下で無数のカーボンナノチューブが絡み合い薄いテープ状になることを発見した。カーボンナノチューブの直径は数十ナノ(ナノは十億分の1)メートル程度。
 これまで放電でカーボンナノチューブを作る場合、放電でできた煤(すす)の中に数−20%程度含まれるカーボンナノチューブを抽出し高純度化していた。新製法では当初からほぼ100%の純度が得られ、生産性を高めることができる。

 


日本経済新聞 2003/2/21

金属入りフラーレン 製造技術を確立 三井物産、筑波大と
 がん治療薬などに応用

 三井物産は筑波大学と共同で代表的なナノテクノロジー(超微細技術)材料であるフラーレン(球状炭素分子)の新タイプの生産技術を世界に先がけて確立した。内部に金属原子が入った構造で、3月からサンプル供給する。金属入りフラーレンは医薬品や磁性材料として有望視されており、国内外の専門機関での研究に弾みがつきそうだ。

 新技術は三井物産の100%出資子会社でカーボンナノチューブ(筒状炭素分子)を生産している
CNRIが、筑波大の赤阪健教授と開発した。炉の中に炭素と金属材料を閉じこめ、放電によって蒸発させて金属入りフラーレンを作る。不純物を取り除く精製・分離手法を工夫、フラーレンの収率が1ケタ以上向上した。
 ランタンと呼ぶ金属を含むフラーレンを50mg作る場合、これまでだと最低4カ月かかっていたが、1日で製造できた。金属入りフラーレンの応用先としては医薬品分野が最有力。放射線を出す金属を入れてがん治療薬に利用できるほか、磁気共鳴画像装置(MRI)用の高感度造影剤に応用できることが最近の国内外の研究で分かってきた。ナノチューブと組み合わせると未来の超微細電子素子も実現可能とみられている。
 ただ、これまでは製造技術が確立していなかったため、研究用に数mgを調達するのにも数万円かかっていた。CNRIは、ナノチューブを生産している昭島工場(東京都昭島市)に年産能力200gの装置を新設した。製造能力が従来の100倍以上と高く、各国の研究機関などに広く供給できるとみている。
 フラーレンの製造技術は、金属をフラーレンの中に含まないタイプを三菱商事と三菱化学の共同出資会社が世界に先行して確立。昨春からサンプル供給を開始している。


日本経済新聞 2003/7/19

ナノテク素材実用段階 三菱化学系、フラーレン生産8倍へ
 100億円かけ工場増強  NECも量産技術

 ナノテクノロジー(超微細技術)を使った新素材が実用段階に入ってきた。三菱商事と三菱化学が出資する
フロンティアカーボンはフラーレン(球状炭素分子)を大幅増産する。燃料電池向けなどの用途が拡大しており、100億円程度を投じて福岡県の工場を増強、生産量を8倍弱に増やす。NECもナノテク素材の量産体制を整備しており、次世代素材の普及に弾みがつきそうだ。
 フロンティアカーボンは黒崎製造センター(北九州市)に新棟を建設、2005年をメドに年産能力を40トンから300トンに増やす。増産で1グラムの製品単価は現行の5分の1の100円程度になるという。
 フラーレンは大量の電子を受け取っても化学的に安定し、壊れにくいのが特徴。燃料電池の基幹部材に使うと電池の動作温度範囲が広がる。皮膚の老化の原因となる活性酸素を取り除く効果もあり化粧品やがん治療薬への応用も期待される。
 現在はボウリングの球やゴルフのヘッドなどに用途が限られるが、数年内にも燃料電池や自動車向け強化塗料などでの実用化が加速すると見て大幅増産に踏み切る。
 フラーレンは研究段階では優れた特性を確認できたが、供給体制が整わず実用化が遅れていた。量産体制の確立で燃料電池の早期商用化が進みそうだ。
 フロンティアカーボンは三菱化学と三菱商事が出資して、2001年12月に設立したフラーレンの開発、製造、販売を手がけるベンチャー企業。国内の顧客約200社に自社の技術者を派遣するなど需要創出にも積極的だ。
 ナノテク振興では産官学の連携の動きも出てきた。日立製作所や三菱商事、東芝、新日本製鉄など有力49社は今月、「
ナノテクノロジービジネス推進協議会」の発起人会を開いた。9月の発足に向け最終的に300社の参加を目指す。情報・人材の交換を通し、世界に先駆けナノテク産業の確立を目指している。

 

 

 

フラーレン
炭素原子がかご状に結びついた球状の炭素分子。原子の配列がサッカーボールの形をした「C60」が代表的。直径は約1ナノ(ナノは10億分の1)メートル。筒状炭素分子のカーボンナノチューブと並ぶナノテク素材として期待を集めている。
 携帯電話機などに搭載するコンデンサーなど多方面で応用研究が進んでいる。三菱商事が日本や韓国などでフラーレンを製造・販売する権利を持つ。三菱商事はフラーレンを燃料電池や化粧品に応用する技術を開発するベンチャー企業を設立し、同素材の実用化を後押しする。

燃料電池から化粧品まで 微小炭素材料、用途広がる

 フラーレンの量産体制が整うことにより、ナノテク素材の中でもフラーレンと同じ微小炭素材料に対する関心が高まりそうだ。いがぐり型や筒型などの材料があり、各社は幅広い分野への応用を目指している。
 いがぐり型の炭素材料が
カーボンナノホーン。針のような炭素繊維が無数に生えている。NECはナノホーンの量産技術を開発。これまでは1時間に数グラムしか作れなかったが、製造設備を改良して年内にも毎時100グラムにする。パソコンの燃料電池の電極材料などへの応用を狙っている。
 ナノホーンと同様に燃料電池の電極材料として期待されているのが、カップ積層型ナノファイバー。底のない紙コップを重ねたような構造だ。
GSIクレオスは白金触媒を付けたナノファイバーのサンプル出荷量を今秋から大幅に増やす計画だ。
 筒状の微小炭素材料の代表格がカーボンナノチューブ。熱や電気を非常によく通し鋼鉄よりも硬い。すでに走査型プローブ顕微鏡の高性能な探針として、セイコーインスツルメンツや島津製作所などが販売している。
 ナノチューブを配線やトランジスタに使えば、超高速コンピューターが実現すると考えられている。さらに電子の放出源として利用すれば、消費電力が小さい大型表示装置の電界放出型ディスプレー(FED)になるという。NECや富士通は次世代超高速コンピューター用の素子の開発に取り組む。ノリタケカンパニーリミテドや韓国サムスン電子などはFED用の重要素子の応用研究を進めている。

微小炭素材料と用途

材料名 用途
フラーレン 補助的な蓄電器の電極材料
燃料電池の電解質材料
皮膚の老化を抑える化粧品
がん細胞を殺す薬剤
耐熱性樹脂
カーボンナノチューブ 高強度・熱伝導性樹脂
二次電池の電極材料
超高速コンピューターの微細配線・トランジスタ
FEDの電子放出源
走査型プローブ顕微鏡の探針
カーボンナノホーン 燃料竃池の電極材料
ナノファイバ一 二次電池の電極材料
燃料電池の電極材料
マイクロマシンのギアなどの精密加工用樹脂