日本経済新聞 2004/12/2〜

味の素 どこまで強いか

「素材企業」へ変ぼう ライバルを得意先に

 味の素は2004年3月期に連結売上高1兆円を達成した。伸び悩みが目立つ食品からアミノ酸や飼料、医薬などへ多角化し、今期はROE(株主資本利益率)で10%超を狙う。企業研究「どこまで強いか」の新シリーズでは、新たなグループ経営に乗り出した味の素を取り上げる。

◇10月中旬、米ボストンで開かれた「グローバルフードサミット」。スイスのネスレや英蘭ユニリーバなど売上高5−7兆円規模の世界の巨大食品メーカーのトップと並びアジア勢でただ一人、味の素社長の江頭邦雄(67)の姿があった。
 「サンキュー・フォー・ビッグ・オーダーズ(大口注文をありがとう)」−−。あいさつした江頭が冗談を交じえる余裕があったのも,「アミノ酸では世界一」との自負があるからだ。 日本では「クノール」「AGF」「カルピス」などのブランドを抱える総合食品会社のイメージが先行する味の素。しかし、欧米ではあらゆる食品の効能を左右する栄養成分、
アミノ酸を供給する「素材メーカー」として存在感を増している。
 ネスレでさえ味の素から供給が途絶えれば生産に支障が出かねない。9月中間決算の連結営業利益362億円のうちアミノ酸事業で180億円を稼ぎ出した。社長8年目を迎えた江頭が仕上げとして取り組むのがようやく花開いた同事業をより強固にすることだ。
 飼料用ではすでに他の追随を許さない。世界シェアはリジンが35%、スレオニンが70%とライバルの米穀物メジャーを圧倒。食品や飲料向けでは2種類のアミノ酸を結合してつくる甘味料「アスパルテーム」が肥満予防などで日米欧を中心に約4割のトップシェアを握る。
 道のりは平たんでなかった。価格競争の激化で「味の素」やリジンなどアミノ酸の主力量産拠点の九州工場(佐賀県諸富町)は3年前、閉鎖寸前に追い込まれた。「海外移転はまぬがれない」。ほとんどの役員が内心こう考えていた。江頭は違った。「日本発の技術・生産を確保しないと競争力のあるビジネスモデルを維持できない」との信念があったからだ。
 01年夏、江頭は九州工場を当時取締役で現常務の戸坂修(57)に託した。財務状況の悪化に加え、2年以内に約290人の従業員のうち約100人が定年を迎える。工場再建に着手するには一刻の猶予もなかった。
 「従業員がどの工程もこなせるようにし、生産効率を倍増する」。戸坂は生産を工程ごとに担当者に割り振る分業方式から、一人が幅広い工程に取り組む方式に改定。余剰人員は新製品開発などに振り向けた。
 今年2月に目標を達成した九州工場はグループのモデル工場に生まれ変わりアミノ酸事業の収益拡大をけん引する。戸坂の生産改革は「戸坂教」と呼ばれ、国内外の工場にも広がり始めた。
 味の素を取り巻く経営環境は変革期を迎えている。米ベストフーズがユニリーバに買収され、ネスレグループはポッカコーポレーションに資本参加。米ゼネラルフーヅや米ナビスコがクラフト・フーズの傘下に入った。
 だが、江頭に焦りはない。「小売商品で競合してもアミノ酸や甘味料では大口顧客。彼らがもうかればうちももうかる」。欧米の巨大食品会社と共存するビジネスモデルを確立し、さらなる成長に向けた確信さえ芽生え始めた。

高まるグループ力 事業絞り“断トツ”育成

 成熟しきったインスタントコーヒー市場で
味の素ゼネラルフーヅ(AGF)がじわじわとシェアを伸ばしている。けん引役はコーヒーの空いた瓶に詰め替える袋詰めタイア。ゴミの発生を減らせるため人気を呼び、不動だったシェアはこの2年間で約5ポイント上昇の27%と、66%を占めるネスレの足元を揺るがし始めた。
 「需要を先取りし、設備投資など機敏に対応してきた」。AGF社長の池田孝雄(59)はシェア変動を偶然とは考えていない。同社は1998年、将来の成長性が高いと見られていたものの、赤字だったペットフード事業からいち早く撤退。コーヒー事業に経営資源を集中することで、2004年3月期に初の売上高1千億円を達成した。

 10月、医薬品業界にちょっとした衝撃が走った。
メルシャンと味の素が医薬品製造・販売を手掛ける関連会社の昭和薬品化工をベンチャーキャピタル大手、ジャフコへ約160億円で売却することが表面化したからだ。売上高88億円の会社にしては高い売却額に驚きの声があがった。赤字の同社をすぐに売却せず、リストラで収益改善につなげたことが買い手の高い評価につながった。
 「この6年間に成し遂げたM&A(企業の合併と買収)や事業売却、新会社設立は62件。もうかる事業にとことん投資し、世界で断トツのシェアを握る分野を増やす」−−。
 11月12日、2004年9月中間決算発表の席でグループを指揮する味の素社長の江頭邦雄(67)は開口一番こう強調した。江頭は1997年の就任以降事業の選択と集中を徹底。巧みに事業を入れ替えながら、グループとして利益拡大を追求してきた。発言にはその成果が出始めたことへの自信がうかがえる。
 「当社の健康機能性食品の新しいリーダーです」。11月24日、
カルピスの新商品発表会で社長の武藤高義(66)が花粉症の抑制効果のある乳酸菌を使った機能性食品「インターバランス」L−92」に期待を込めるのには理由があった。
 カルピスは味の素と91年に飲料事業を統合する前まで3期連続で営業赤字に転落。資本提携を機に研究開発機能の強化や海外事業の強化など次々と布石を打った。この結果、血圧抑制効果のある「アミールS」、血糖値を抑える「健茶王」などが相次いで誕生。04年12月期は連結純利益で最高益を更新する。得意分野に経営資源を集中して利益成長を目指すというグループ戦略の中で健康機能性食品を確固たる柱に育て、さらなる成長路線を敷きたい武藤は新製品でその実現を目指す。
 武藤、AGFの池田、メルシャン社長の岡部有治(62)らは味の素出身。江頭の戦略を理解、実行する。しかし、各社とも経営の自主性を確保しているのが特徴だ。「それぞれの分野の強みを生かすには責任と権限を持たせなければならない。目的は利益をあげること」と言い切る江頭は親会社に依存し過ぎることが組織の活性化を妨げることを知っている。
 味の素からの分社化も進む。2000年に分社した味の素冷凍食品(東京・中央)は03年に日本酸素の冷食子会社を吸収合併して事業を拡大。業界3位だった製油部門は2位のホ−ネンコーポレーション、5位の吉原製油などとの経営統合で、国内二大製油会社の一つ
Jーオイルミルズに再編した。
 「本体にいれば危機意識が生まれず再編もあり得なかった」。味の素で国内食品事業を統括する専務の石渡総平(59)はこう振り返り、次の一手に思いを巡らす。味の素の利益拡大に向けた模索は続く。

江頭社長に聞く M&A常時1000億円用意

 1997年の総会屋への利益供与事件、2001年インドネシアで起きた製品回収問題と、味の素のブランドは二度にわたり傷ついた。しかし、企業の合併・買収(M&A)などで好業績企業の仲間入りを果たした。競争が激化する食品業界でどんな戦略を描くのか。江頭邦雄社長に聞いた。

ー 97年の社長就任から連結売上高1兆円突破とROE(株主資本利益率)10%以上を唱えてきた。
 「ネスレやユニリーバなど世界を代表する食品会社と対等に交渉するには最低でも売上高1兆円とROE 10%以上は必要と考えた。前期の1兆円乗せに続き、今期はROEでも目標を達成する見通しだ。不祥事もあったが、ここまで持ち直したのは世界で負けない技術を持ち、それを磨き続けてきたからだと思う」

ー 06年には商法改正でM&Aがしやすくなる。米系投資ファンドの保有比率が高まった食品関連株取得のうわさがある。
 「ビール会社などの話を持ちかけられたことがあった。しかし、私は食品とアミノ酸に関連する事業に買収対象を限定している。ビールは競争が厳しいうえ、既存事業との相乗効果が期待できない。最近は球団買収について質問されるが、余計なものはやらない」

ー M&Aの基本方針は。
 「M&A推進部隊を社長直轄とし、常に20件程度の案件を検討している。魅力的案件はすぐにサインできるように1千億円はいつでも用意できる体制になっている」
 「私が社長になってからは51%以上の株式を握るのが原則。米クラフト・フーズとの合弁会社、味の素ゼネラルフーヅ(AGF)は折半出資だが、日本での事業展開は好きなようにやらせてもらっているため例外だ」
 「売却する事業もどうしようもないから売るというわけではない。98年にユニ・チャームに売却したペットフード事業は味の素グループと相乗効果がなかっただけ。ユニ・チャームでは強くなり10月に東証二部上場を果たした」

ー 今後の重点事業は。
 「もうかる事業だ。食品や医薬、飼料用アミノ酸の生産増強は今後も続ける。甘味料『アスパルテーム』は欧米で需要が急拡大しているため日仏にある工場設備を増強することを決めた。新規事業では健康促進、病気予防などの商品開発を加速させる。これまでアミノ酸のサプリメント(栄養補助食品)、コレステロールを抑制するマヨネーズ類などの商品を出してきた。今後は脂肪燃焼や発汗作用などの機能を持つ成分『カプシエイト』を使った肥満予防商品などを予定、新たな需要を開拓する」

ー 課題としてやり残していることは。
 「人材育成だ。特にグループ経営を担う幹部の教育は大事だ。味の素は世界23カ国・地域に3万人の従業員を抱え、海外法人で働く人の方が多くなった。ただ、日本企業であることは変わらない。経営哲学である『アジノモト・ウェー』を一人ひとりに理解してもらう教育を徹底する」
 「すでに国籍や性別、勤続年数などに関係なく執行役員に登用できる仕組みはできた。国内の工場を再建した戸坂修氏は取締役、常務へと前例のないスピードで昇進した。来年度には外国人の執行役員を複数登用する。技術と人を磨き続け、そこにカネをつぎ込むという基本方針を貫く」