Paper Companyの経理システム ←目次へ
住化の最初の Paper Companyは1963/9設立の日本ラクタム(1965新居浜工場完成)である。需要家の帝人、東洋紡とのJVで製造、販売、管理を住化が受託した。管理については各部門が自社の業務と同様に分担して行い、経理は主計課が担当した。
日本ラクタム設立時に、これを Paper companyにしようと提案したところ、相手側が製紙会社をつくる? と驚いたというエピソードがある。
次に、1966年に需要家の花王と、技術供与元の米国
Atlantic RichfieldとのJVの日本アトランチック梶i1967菊本工場完成、のち日本アルキレートと改称)、1966年に需要家の大日本化成(その後ダイセルと改称)とのJVの日本アルデハイド梶i1968年千葉工場完成)と続いた。
これらは需要家とのJVで、住化が生産し、株主(及び他の需要家)に販売するもので、基本的に売価は市価を基準に交渉で決まるものであった。
1967年頃から異なるタイプのJVが設立された。通産省の指導でメーカー同士が共同で大型工場をつくるというものである。
1967年に住化と電気化学で日本塩化ビニール鰍ェ設立された。住友千葉化学内に共同で電解―EDC−VCMの工場をつくる計画であった。
しかし旭硝子等が同じ千葉地区でVCMのJVをつくる計画があり、通産省はこれらの一体化を指導した。この結果、1969年に住化、電気化学、旭硝子、日産化学、チッソの5社で千葉塩ビモノマー鰍ェ設立され、日本塩化ビニールは住化と電化の電解―EDCのJVとなった。電解工場、EDC工場、VCM工場は1971年にスタートした。
その後サウジ等からの輸入EDCの脅威に対応して電解に非塩ビの徳山曹達を加えて生き残ることとし、電解部分を千葉電解梶AEDC部分を千葉イーディーシー鰍ニした。
メタノールでは東西に共同生産会社をつくることとなり、東では1968年に住化と他のメーカー9社で東日本メタノール鰍ェ設立され、住友千葉化学内の工場は1970年にスタートした。(1984/6解散)
またアンモニアの一体化会社として1968年に住化、昭和電工、日産化学、製鉄化学のJVの日本アンモニア鰍ェ設立され、住友千葉化学内の工場は1971年にスタートした。(1976/9生産停止、1981/12解散)
これらの会社はそれまでの需要家とのJVとは性格が異なった。それぞれの出資会社が生産枠(大部分が出資比率に同じ)を有し、その範囲内で生産量を決定できた。いわば各社の分工場を集めたものと言えた。
メーカー同士の共同生産会社のため、基本的には原価基準の引き取りであったが、各社が自由に決める生産量の影響が他社に及ぶのは好ましくない。(ある社が引き取りゼロとすると全体の操業度が下がり原価がアップする。)
このため、固定費縦割方式を考案した。
考え方としてはそれぞれの分工場が合体したものと考え、変動費は生産量比率で負担、固定費は引取枠比率で負担するというもの。(本来は操業度により変動費も変わるが、一体化のメリットのための条件としてこれを無視することとした。)
月次は生産可能量を引取枠比率で配分し、実際の引取数量について単位当たり予算製造原価で求償するとともに、配分引取枠数量と実際引取数量の差の数量(引取未達数量)に対し単位当たり予算製造固定費を追加求償することとした。
これらの会社の経理は全て主計課で担当し、筆者が各社の経理システムを作成した。当時のJVの主担当は東京支社の企画部で(東日本メタノールのみは秋田石油から転籍した木村氏が東京有機薬品部に所属し担当した)、JVパートナーも全て東京のため、東京に出張し、システムの説明会を開催した。予算決算の説明も同様である。
この方式はその後設立されたJV(第一塩ビ製造、千葉ポリプロ、千葉ポリエチレン等)にも適用されている。
なお日本触媒とのJVの日本MMAモノマー(JMMA)については、第二工場ができるまでの間は、引取比率と出資比率が異なるという問題から下記の特殊処理を行なった。
この方式は税務にも認められたものであったが、石油危機時代に経理操作を行い、税務上トラブルとなった。
ナフサ価格の高騰によりコストが大幅にアップしたため、千葉塩ビモノマーでは原価基準ではやっていけなくなり、一定の固定費分を残した(赤字をためた)。しかし、税務上の累積赤字の繰越期限切れ(5年間繰越可能)に当たり、期限切れとなる赤字部分をコストに上乗せして引き取り、利益を出して期限切れとなる赤字を消した。
これを税務当局に租税回避のための利益操作とみなされ、課税された。
これを機に税務当局と交渉し、@原価+一定利益(資本金の2%)とすること、Aこの方式を変更しないこと、を条件とし、本方式を認められた。
この結果、毎年少額の利益を計上し、(黒字になれば)税金を払うこととなった。
千葉電解の場合1992年度で未処分利益が98百万円となり、@20の配当(64百万円)を行った。
資本金は日触の顔を立てて50/50としたが、当初は引き取りは75/25であり、その差の部分の金利が不公平になるとして、これを配当で調整することとした。
即ち下記の計算で配当を 3.5%とし、配当所要利益を上乗せしたコストで両社が引き取ることとした。
所要利益の計算
日触にとり 引き取り比率ベースの出資金 250百万円
実際の出資金 500百万円
過剰出資 250百万円
過剰出資分の利息(8%) 20百万円
同 税金 11.6百万円
差引 損失
8.4百万円
配当 3.5%の場合、
左の日触への影響
所要利益 81.3百万円 20.3百万円(高く購入)
税金 42.8 11.8 (コスト高の影響)
配当 35 17.5 (出資比率での受取)
準備金 3.5
差引合計 0 9.0
(益)≒上記損失