住友化学私史
2001/9作成
2002/1修正
Kazuo Nakayama
目次: これまでパスワードで保護し、パスワードを教えた人だけが読めるようにしていました。
1 経理時代
大阪製造所春日出工場
当時の状況
新総合システム(新幹線計画)
Paper Company経理システム
三菱化成経営分析 取締役会用資料
海外経理制度研究
社内借入金制度
ブログ 蚊取り線香物語 ピレスロイドの歴史
ピレスロイドシンポジウム タイ、台湾でのスピーチ
3
SCAI時代
SCAI時代 当時の状況
MPCC史
CSMA speech (主として日本の殺虫剤業界について)
米国における家庭用・防疫用殺虫剤の開発・普及体制.
今後の体制の提案
米国市場における農薬事業の展開について
今後の体制の提案
付 ChevronとのS-3206交渉 ChevronとのJV設立提案
米国でのシアノボンド事業
付 Chemical Week誌記事 石油会社のスペシャルティ撤退
4 石化時代
石油化学業務室 当時の状況
住友化学の石油化学論 諸論文
業績改善提案
住化のポリスチレン
日本ポリスチレンの歴史
昭和電工とのJVの日本ポリスチレン(NPS)の運営で難航、解散までを小生が担当した。
1例として、昭電のNPS要員は、昭電としてはNPSとして採用したとし、住化側は昭電の受託の一部で昭電で責任を持てとした:森社長が強硬。
最終的に、住化がNPSから離脱、その後に昭電が昭電100%のNPSを解散することで、自動的に解決した。
更に、昭電がNPSの住化持ち分を買収する見返りに、住化が昭電のシンガポールPCS、TPC持ち分を買収した。
これを利用し、他社のPCS、TPC持ち分を買い取った。(1社のみ買い取りを拒否)
その後小生の新第一塩ビへの移籍後に、三井東圧とのJVを設立、同じく日本ポリスチレン(略号はJPS)とした。
JMMA,Lucky MMA経緯 MMAモノマーの歴史
住化ハース 設立から改組まで
千葉ポリプロの設立
米国PP計画
このうち、Phillipsとの交渉は企画部(広岡専務)が主導、これに参加した。
SGK PP特許係争
ケープラシート 設立から改組まで
シンガポールPP増設
シンガポール2期計画
千葉ポリエチレンの設立
樹脂開発センター(PTC)設立
油公エラストマー経緯 設立から改組まで
海外プロジェクトのための基礎知識 SCAI時代、米国PP計画等の情報のまとめ
ZEST関連(新第一塩ビ 下記)
1984年の着任以降、窓口として関与した。
まず共同生産のため千葉に工場を建設(第一塩ビ製造)
ついで一体化交渉を行い、新第一塩ビを設立した。
資本金70億円で、住友製薬(50億円)を抜き、関係会社では最大(当時)。
他社は役員を出したが、住化からは筆者(部長)が筆頭で新会社の常務に就任した。
最後の半年を除き、一体化交渉を続けながら、石化業務室のポリマー関連の部長として、各プロジェクトのフォローを行った。
付 週報(1989-95)
各年別週報(部門長ほか宛報告)
1989、 1990、 1991、 1992、 1993、 1994、 1995
5 新第一塩ビ ZEST史 別紙 Pass word を求められた場合 ともに zest をいれてください。
新第一塩ビは商標をZestとした。Zeon、Sumitomo、Tokuyama から取ったもので、「情熱」の意味もある。会社の愛称として使われていた。
筆者は1962年に住友化学工業株式会社に入社した。
勤務部署は以下の通りである。
1962年4月入社 大阪製造所春日出工場会計課
1964年3月 本社経理部主計課
1975年9月 農薬事業部営業課(のち、業務課が新設され兼務)
1980年2月 住友化学アメリカ(SCAI)勤務 (2/29赴任)
1984年6月 石油化学業務室(現在名称)
1995年7月 新第一塩ビ株式会社(設立とともに移籍)
2001年6月 同社退職
本記録はこの間に関与した仕事の記録である。(関与前後の事態を含む)
管理部門、ファイン、米国、石化、塩ビ会社と、多岐にわたる仕事に従事し、いろいろなプロジェクトを経験できたのは幸いであった。
データは筆者がこの間に作成、収集した資料である。資料の解釈、コメントは全て筆者のものであり、その意味では公式な住友化学史、新第一塩ビ史ではなく私史である。(なおこれは第一稿で、表現のまずい個所も含まれている。また秘密扱いのデータもあるので取扱いには注意いただきたい)
問題点、疑問点、ご意見、その他は knak@js2.so-net.ne.jp へ。
(使用したデータ以外に大量のデータがあります)