4.3年度 <1997年度> 


1) 原料価格アップと二次値上げ 

一次値上げを行ったが(まだ採算割れ)、原料価格が更にアップとなり、再度赤字が増加した。

このため1997/1月から2月にかけて、各社とも二次値上げの発表を行った。

淵化学 (1/24業界紙)  @15 (2/21 出荷分から)
大洋塩ビ (1/28 発表)   @15 (2/16 出荷分から)
三菱化学 (1/30 発表)   @15 (2/17 出荷分から)
信越化学 (1/30発表)   @15 (2/21 出荷分から)
ZEST (2/3発表)    @15 (2/21 出荷分から)

さすがに前年10月に続いての値上げには抵抗が強く、実施は97/7にずれこんだ。


しかしながら二次値上げが達成できた丁度その時に、国内と海外で同時に問題が生じた。
まず海外で大変動があった。上図で海外市況がその後大暴落し1年後にには400$/tまで落ち込んでいるのが分かる。

97/7にタイで発生した通貨(バーツ)下落は、その後マレーシア、インドネシア、フィリッピン、韓国へと広がった。
98/1にはインドネシア・ルピアは97/6月比16%まで落ち込み、韓国ウオンは51%、タイ・バーツは47%、マレーシア・リンギは55%まで低落した。

この結果、これら地域の経済は悪化して塩ビ需要も減少し、インドネシアの塩ビ需要は前年の30%、韓国の需要は前年の60%となった。
これによりアジア地区のPVC市況は大暴落し、98/8月には400$という水準にまで落ち込んだ。

日本では97/4月から消費税が5%にアップした。前年の96年度は住宅を中心とした先取り需要で国内出荷は増大した。消費税アップ後も半年間は需要の好調が続いたが(先行指標である住宅着工件数は既に前年末から低下している)、11月に入り需要は激減した。
需要の低落はその後も続き、96年度に2,054千トンまでいった国内需要は、97年度に1,944千トンとなり、その後の3年間(98-2000年度)は170万トンという低水準となる。
(2001年度は更に低落する)



国内の塩ビ需要家にとっては前年秋のPVC値上げを転嫁し始めた時に需要が激減することとなる。このため需要家はメーカーに対し、二次値上げの撤回に止まらず、一次値上げさえも撤回するよう要請した。

これに対してPVCメーカー側は国内、海外同時の出荷の減少の中で、ズルズルと値下げに応じた。需要は98年度以降低水準を続け、価格は一次値上げ前の水準を更に割り込み、 99年春には @58.5にまで下がった。(価格は全て汎用品の一般グレード)

2)タイTPCとのライセンス交渉  

Thai Plastic & Chemicalは当初、CEグループ(地元)、THASCO Chemical (旭硝子出資)、三井物産/三井東圧の3社の均等出資のJVとしてスタートした。
その後上場、当時 Siam Cement 19.8%, THASCO 25%,CE 13.9%,三井G 16%。
Siam CementとのJVのSiam TPC をシンガポールに設立(TPC 40%)、Siamの海外での塩ビ事業を共同で行うこととした。Siam TPC はSMPの出資者。

TPCは主工場のRayon に180 千トン、バンコックに100千トンのPVC能力を有する(第一プラントを除き、全て三井東圧法)が、1系列(120千トン)の増設を行うこととした。

Siam Cement傘下に入ってから三井は単なる株主扱いとなり、当時建設中のVCM増設(300千トン)は三井東圧法ではなくGeon法で、LGが担当した。
Siam Cementは運営の中心を同社から派遣し、SMPについてにこれまでの補助的立場から運営を引き受けることになる。

今回の入札には@ZEST/SCEC、A三井東圧/日立造船、BEVC/ベクテルが残った。TPCが過去の経験から詳細な仕様を決定し、3社とも同じ土俵の上で競り合わせるとし、ZEST提案のSMPのコピー(安く早く出来るとした)を拒否した。


97/2 中山、鈴木がSCECとともにTPC Rayon工場とバンコックの本社を訪問した。
Letter of Intent締結から21ヶ月で完成という厳しい条件が付いた。

97/3 中山がSCECとTPC本社を訪問(前日、翌日に他の2グループ)
その後TPC作成の契約案を修正したものを送付。

その後もいろいろ交渉したが、最終的にEVCに決定した。

 

3)呉羽との3CV交渉 

94/1 呉羽が一体化に不参加決定
    呉羽児玉社長が、第一塩ビ販売と第一塩ビ製造からの離脱を要請

以後、一体化検討と合わせ、第一塩ビ製造の扱いも議論
 当方:呉羽枠引受で年間4億円の固定費負担となる(販売増は難しい)
 呉羽:今なら離脱するが償却完了が近づけば離脱しない。
     ↓
 当方提案:呉羽持分の肩代わり、2年間程度の受託(take or pay)
 呉羽対案:市価での受託(固定費4億円の6割程度)→当方拒否
 
94/11 中野社長が交渉に反対
  ・ 本来、呉羽の設備
  ・ 抜けてもらいたい訳ではない、妥協すべきでない。
    → 呉羽に対しては、新会社の採算を見てからとしてペンディングに。

94/12 呉羽 第一塩ビ販売から実質離脱
95/1 呉羽が第一塩ビ販売の株売却に第一塩ビ製造からの離脱を条件としてもめる。
    最終的に約束として押し切る。

95/6 呉羽に私案として打診
    3年+(当方のみのオプションで)2年の受託
    呉羽側は5年では償却が終わってから渡すことになるとして反対。

95/7 新第一塩ビ スタート (第一塩ビ製造はZESTと呉羽のJVに)

95/11 児玉社長から中野社長に早期離脱の要請
95/12 瀧本常務来訪
     持分は直ちに譲渡、2年間は固定費負担で引き取り、以後は交渉
     当方返事:大赤字で生き残れるかどうかという時。今の時点で決断出来ない。

97/4/1 最適生産構造プロジェクト
   97年度末で3CV買い取り、2CV休止で検討せよとの佐伯社長指示。

97/5/12常務会 2CV停止対応策の議論

97/5/21 中野社長の了解を得た上で呉羽に交渉を再開したいとのレターを出し、6/4同社を訪問した。その席での返事は第一塩ビ製造からの離脱はすぐにしたいが、フル稼働のため同社枠の2万トンは引き続き製造委託させて欲しいというものであった。

97/10/23 具体的な条件を詰めた。
  1.離脱条件 1万トンの受委託のみ
  2.進め方  ZESTで契約案を作成し提示する。  
  3.共有技術の扱いに関する議論(当方提示案をもとに)
  
この間、2CV休止対策について社内で検討。
(2CVでは難しいグレード、こまかなグレードをつくっていたが、3CVでは基準4グレードだけしかつくっておらず、すぐには生産できないため、主に水島への移管を考えた。)

97/12/1 親会社常務会で議論

社長:コストダウンに注力してきた。汎用品は総コストで@40→@30を目標。
    千葉地区コストダウンのために、2CV休止、3CV呉羽枠購入としたい。
古屋:肩代わりは98/3,2CV休止は98/9,
    半分委託するとしても6ヶ月間は1万トン分余剰となる。
   → (2CV休止)テスト等で時間必要、余剰分は輸出する。
      (3CV肩代わり)これ以上の固定費負担なら呉羽が拒否
西野:妥協の産物として72%償却費を負担させて離脱を認めるということか。
古屋:除却損は?
   → 償却費として入っている。
古屋:離脱条件は先方の条件か
   → 固定費負担については呉羽はこれ以上なら残留とのことであった。
松尾:呉羽の将来は? 縁切りでよいのか?
   → JVは互いに自由度がないということで離脱。     
古屋:能力不足になる。
   → 輸出カットで対応。
古屋:呉羽を切って輸出を継続してはどうか?
   → 赤字輸出は避けたい。
松尾:関東をどうするのか。拡大の余地がなくなる。
   → 短期。将来はDESの能力増強も。

97/12/19 取締役会 
千葉工場合理化投資案(2CV休止、3CV呉羽枠買取)承認

中野社長:今の時点で14億円の投資(株買取+借入金肩代わり)はどうかと悩んだ。しかしコストダウンは必要だし、99年には楽になる。Cash flowは3億円だけ。やむを得ないと考えた。

その後: 98/3に枠買い取り、98/9に2CV休止では 98/上期がどうしても苦しい。
→ 1年間1万トン受託の原案を、1.5年15 千トンとし、かつ、98/上期の能力過剰対策として98/上期 7.5千トン、下期 5千トン、99/上期 2.5千トン の内訳とするよう変更する提案を行い、呉羽の了承を得た。
 
98/3/10 常務会
 呉羽化学との間で以下の3契約書を締結することの承認を得た。

1) 契約書 
   呉羽化学の第一塩ビ製造(DES)からの離脱に関する契約書
   当事者:ZEST/呉羽化学/第一塩ビ製造
   確認者:日本ゼオン/住友化学/サン・アロー化学
2) 製品製造受委託契約書
   ZESTの呉羽からの製造受託に関する契約書
   当事者:ZEST/呉羽化学
3) 共有技術の扱いに関する契約書
   共有技術の今後の扱いを定めた契約書
   当事者:日本ゼオン/住友化学/サン・アロー化学/呉羽化学/
         ZEST/第一塩ビ製造

4社共有特許についての今後の取り扱いは以下の通りとした。
 1) 技術の使用
   ZEST、呉羽の自社使用は自由(ZESTは3社から独占実施権)
   JVは25%以上出資は自社とみなす。(それ以下は第三者扱い)
   一体化の場合は35%以上出資の場合は自社とみなす。(同上)
   海外の非独占ライセンスは自由(技術料按分)
   日本での非独占ライセンスは事前同意要(同上)
 2) 技術料按分
   按分比率は ZEST 3/4、呉羽 1/4
   改良技術を勘案し共有技術割合を以下の通りとする。
    2001/4〜  ネット手取りの75% (改良技術の価値を考慮)
    2004/4〜  同上の  50%
    2008/4〜  配分なし    

98/3/25付けで上記契約に調印、3/30 呉羽持分を買い取り、ZEST100%子会社とした。 譲受価額 120百万円(額面)

(98/10/1付けで吸収合併)

4)チッソとの提携交渉 

最適生産構造の議論の中で旭硝子グループ(旭硝子、呉羽、チッソ)との提携が議論された。これを受け、長岡氏がチッソに接触した。

チッソは水島工場は老朽化し、99年にはS&Bが必要になるとして提携に熱心。
提携検討を行うに当たり、97/5/31付けで提携検討の事実と開示した情報の秘密を保持する旨の秘密保持に関する覚書を締結、情報開示を行った。

その後チッソは下記記事のとおり、リアクターのみのS&Bを決定した。(但し法改正により架構は新設)
   チッソはとりあえずの維持補修であり、将来の提携の障害にはならないとした。

(石油化学新報 98/8/21) 
チッソ、99年3月めどに水島のPVC設備を更新/能力は不変

チッソは、水島(岡山県倉敷市)のPVC(塩化ビニル樹脂)設備を更新する。重合設備の老朽化に伴うもので、来年3月の定修期間に重合釜の一部をスクラップ&ビルド(S&B)する。生産能力は現有の年産6万8,000トンで変化しないが、重合釜の容量を大型化することで生産の効率化を図る。投資額は明らかにしていない。

97/8/11 常務会 チッソとの提携について議論

中山:ZESTの狙いは旭硝子など3社との全面提携であり、チッソとだけの西での先行はまずい。3社との提携の協議に当たり、チッソ主導、チッソへの追随の印象を与え、旭硝子、呉羽が反発する可能性がある。
仮にその結果、東で旭硝子と呉羽だけが組んだ場合、ZESTがチッソを単独で抱え込む形となるほか、VCMでは旭硝子と組みながら、PVCでは組まないという変則提携となる。
チッソだけの提携は親会社も反対。全面提携のもとでの西の提携と明言すべきだ。チッソとの事業統合には反対。これも含めた検討はやるべきでない。

*当時筆者は将来構想として電解/VCM/PVC千葉連合案を主張し、社内でPRするとともに旭硝子や呉羽にも提案していた。

PVC輪番投資
 ・ZEST 4CV → 200千トン
 ・旭硝子グループの呉羽錦工場、チッソ五井工場を停止し、
  京葉モノマー横orチッソに順次建設(→ 最終 200千トン)

VCM S&B
 ・千葉塩ビモノマー 停止
 ・京葉モノマー倍増 → 400千トン

当時の旭硝子の担当の戎能氏の前任の藤嶋氏(その後パキスタン計画の担当となる)や京葉モノマーの吉田社長は、旭硝子と住化の間がエチレンとVCMのパイプで結びついているのを利用し、VCM/PVCでの協力関係を深め、「コンビネーテッド・コンビナート」としたいとの希望を表明していた。
京葉モノマー新設にあたり、住化の未利用エチレンパイプを貸与したり、旭硝子の淀川工場停止に当たり住化愛媛でエピクロを受託生産し、見返りに東でEDCでもらうなど、協力関係を深めていた。

チッソとはその後も提携に関して情報交換や議論を続けた。

98/3/10 常務会 将来ビジョンの議論

長岡:チッソは一体化も含めた提携を希望。水島手直しはそれまでの4−5年のもの。総原価 @25 を目標に共同で検討しようとしている。
中山:@25目標が可能なら面白いが、@25のためにはZEST水島閉鎖が必要となろう。
佐伯・長岡:当然それが前提となる。水島は塩ビなしでの再構築案があり、塩ビは邪魔もの扱い。問題なし。

98/3/30 取締役会

リストラ案を考えるという条件で98年上期予算案が承認され、この後、再編の議論が始まるが、チッソについて各社長から以下のコメントがあった。

中野社長:設備廃棄も含めたリストラの検討が必要。
       チッソ有りきでなく、再編も考え、それぞれのメリットを検討すべき。
       同時に当面の対策も必要。ZESTとしてこうあるべしを検討せよ。
香西社長:チッソは提携相手としてどうか。
中野社長:どことでもという訳にもいかないのではないか。品格の問題。
       また3社でも廃棄が出来ないのがチッソが入って出来るのか。

実際にはZEST内部での再編を先行させることとなり、チッソとの交渉は中断した。
再編議論の最後にゼオンからは大洋塩ビとの提携を中心とした大連合の提案があったが、チッソとの接触は行われていない。


5) 千葉電解、千葉塩ビモノマーの処理 

住化千葉工場にはVCM製造のための3つ(+関連1)のJVがある。これらの歴史については以下のとおり。

   

千葉電解(住化、電化、トクヤマ):住化、電化は塩素をEDCに、トクヤマは袖ケミに。
千葉EDC(住化、電化):両社はEDCを千葉塩ビモノマーに。
千葉塩ビモノマー(住化、電化、旭硝子):旭硝子はEDC持ち込み
袖ヶ浦ケミカル(トクヤマ、住化:実態はトクヤマ100%):液塩、次亜塩素酸ソーダ生産

注 トクヤマは当初、袖ヶ浦ケミカルを関東での塩素系のいろいろな製品の生産基地にすることを考えていた。

千葉電解は1984年にトクヤマが参加、トクヤマの膜を使ってIM法に転換し、85年春、再スタートしたが、コストが高いという致命的な問題をもっていた。

理由は、買電による電力費高、工業塩を横浜から輸送するための運搬費、小規模、IM法であること等による。

1994年 トクヤマ河野氏から、千葉電解を休止してトクヤマに委託しないかとの提案があった。

EDC+ソ−ダでもらうことになるが、塩素が安くても、当社エチレンが使えない(持ち込めても運賃がかかる)、ソ−ダの東への輸送費が高いことから無理と判断し、旭硝子への委託を検討した。
千葉電解のトクヤマのソ−ダまでやってもらえるかどうかが問題であったがトクヤマからはトクヤマ/旭硝子の提携強化も考えたいとのコメント。

これを受け、旭硝子に千葉電解休止、電解委託(エチレン支給によりEDC+ソ−ダ受取り)、トクヤマを含めた提携の提案を行った。

94/11/30 旭硝子が来訪、懸案の同社千葉工場の再編成のためにこれを検討したいとの返事があった。

この後、住化―旭硝子、トクヤマー旭硝子の別々の交渉があり、若干混乱した。
(旭硝子はトクヤマとの提携と千葉電解問題を分け、千葉電解については住化との交渉で決めたいとした)

旭硝子へのEDC委託は当初の目的の合理化のためではなく、電化の離脱に伴う千葉電解の停止により実現することとなった。しかし実際には後に述べる通り、これによる千葉塩ビの操業は行われなかった。

他方トクヤマと旭硝子の提携は、98/2/27に発表された。

発表文(部分):

旭硝子及びトクヤマは、各々電解事業の国際的な競争力を強化し、ユーザーへの良品質の製品の安定供給を目ざして企業努力を継続してきましたが、今後、生き残りのためにさらなる業務の合理化及び効率化が不可欠と判断し、電解製品に関する生産受委託、物流面の協力、生産技術面での交流及びその原料の供給といった業務提携を広範囲に実施することで、大筋において合意しました。
その具体的な提携の内容及びその進め方については、今後両社にて協議・検討することとしていますが、中心となる提携内容は次の通りです。

 1.生産委託 (以下、内容省略)
 2.物流面における協力
 3.生産技術面での交流
 4.原料の供給

96/4/1 大洋塩ビが発足した。

出資:東ソ−37% /三井東圧 37% /電化 26%
工場:東ソ−(四日市) 250千トン(南陽ペ−スト25千トンは除外)
    三井東圧(大阪) 122千トン
    電気化学(千葉) 94千トン
    日本PVC(大阪・三井東圧60% / 電化40% JV) 114千トン
    合計 580千トン

電気化学はZESTの設立の際に千葉塩ビモノマーのパートナーの旭硝子と旭硝子からVCMの供給を受けている呉羽化学との千葉連合を考え、3社で協議を始めた。電化が推進役で、途中、通産省局長を招いた3社社長の食事会までアレンジした。
ところが旭硝子の提示するVCM価格が満足するものでなかったのに対し、東ソーが非常に魅力的な価格を提示したため、東ソーとの一体化に切り替えた。

電化は躊躇する三井東圧を説得し(三井が入らなければ東ソーと電化の2社で一体化するとしたと伝えられる)、大洋塩ビの設立を決めた。

電化はVCM全量を東ソーから供給を受けることとし、東ソーの負担でVCMタンクを設置した。そして住化に対し、千葉電解、千葉EDC、千葉塩ビモノマーからの離脱を要請した。

住化としてはこれらJVがメーカー同士の枠を持ち寄っての製造JVであり、いわば各社の分工場であって、離脱は認められないとして拒否したが、法的には徹底拒否は難しいと判明、最終的には話し合いの結果、離脱を認めることとし、以下を決めた。

 ・98/9/30付で電化が千葉電解、千葉EDC、千葉塩ビモノマーから離脱する。
 ・その時点で千葉電解、千葉EDC(および袖ヶ浦ケミカル)を解散する。
 ・千葉塩ビについては住化・旭硝子のJVとして残す。
  EDCは旭硝子に製造委託する。
 ・電化は実際には97/9/30でVCMの引き取りをやめ、東ソーから購入。
 ・97/10-98/9までの1年間、住化は電化枠の塩素・EDCを使用する。

(日本経済新聞 1997/11/2)
大洋塩ビ 来秋めど製販一体化 電化と住化は提携解消 原料分野も再編へ

東ソー、電気化学工業、三井化学(旧三井東圧化学)の塩化ビニール事業統合会社である大洋塩ビは、98年9月をめどに3社の塩ビ製造設備を買い取り、製造と販売を一体化する。
これに伴い、電気化学は住友化学工業との塩ビ樹脂原料での提携を解消、電化本体は塩ビ事業から徹退する。
塩ビ業界では樹脂分野で再編統合が進んでおり、今後、提携関係が入り組んでいる原料分野へと再編の波が押し寄せそうだ。(中略)
大洋塩ビの製販一体化に伴い、電化は塩ビ原料事業での住化との提携を30年ぶりに解消。共同出資の千葉塩ビモノマー(VCM)など塩ビ原料製造3社から資本を引き揚げる。年間8万トンの原料購入先は年内にも東ソーの南陽事業所(山口県新南陽市)に切り替える。これにより電化は51年に始めた塩ビ專業から事実上徹退する。
住化は95年7月に日本ゼオン、トクヤマの2社と塩ビ事業を統合しており、今後も千葉VCMから原料供給を受ける方針。電化の撒退を受けて、千葉VCMの出資比率の見直しや、そのほかの共同出資会社の生産停止などの善後策を講じることになる。

当初は千葉塩ビモノマーも98/9で休止することとしていた。
しかし、97年春に旭硝子の態度が変わった。
旭ペンのパークロ、トリクロの将来性がなくなり、製造を中止し購入販売に変更し、旭ペンのVCM(公称 50千トン、実際 30千トン程度?)を停めることとなった。またVCM輸出の商権も惜しい(2,000tバース完成)との意見も出て、千葉塩ビを存続することとなったもの。
旭硝子の引き取りを90 (← 60 )千トン、住化も等量で、能力240千トンに対し180千トンの操業を考えた。

98/2/27住化が塩ビモノマー関連事業の再構築を発表
   (上記のトクヤマ/旭硝子提携発表と同じ日の発表)

塩化ビニールモノマー関連事業の再構築について

住友化学は、塩化ビニール樹脂の原料である塩化ビニールモノマーの関連事業について、共同出資の製造会社である、千葉電解、千葉イー・ディー・シー、千葉塩ビモノマーの3社により運営をしてまいりましたが、このほど、千葉電解、千葉イー・ディー・シーの2社は解散し、千葉塩ビモノマーは新たな体制で事業を継続することで関係各社と合意し、本事業の再構築を図ることといたしました。
千葉電解、千葉イー・ディー・シー、千葉塩ビモノマーの3社は、いずれも電気化学工業の出資を仰ぎ事業を進めてまいりましたが、かねてより、電気化学工業から本合弁3社からの撤退の申し入れを受けていました。
このほど、当社は、本事業の競争力向上施策に目途を得たことから、電気化学工業をはじめ、関連出資会社であるトクヤマ、旭硝子と協議した結果、本年10月を目途に、
千葉電解、千葉イー・ディー・シーの2社は解散し、千葉塩ビモノマーは電気化学工業の撤退に合意いたしました。
当社は、千葉電解および千葉イー・ディー・シー両社の操業停止後は、旭硝子に苛性ソーダとEDCの生産を委託することとしております。
一方、千葉塩ビモノマーは、当社と旭硝子の2社により、さまざまな合理化を実施するなかで、塩化ビニールモノマーの事業を継続してまいります。
住友化学は、塩化ビニールモノマー関連事業に関して、このように旭硝子と生産委託をはじめとした協力を行うことにより、今後ともより一層の競争力強化を図っていく考えです。
なお、千葉電解の塩素を使用して、液体塩素、次亜塩素酸ソーダを生産している
袖ヶ浦ケミカルについても、千葉電解等と同様、共同出資会社のトクヤマと、本年10月を目途に解散することで合意しております。 

98/10/31 千葉電解、千葉EDC、袖ヶ浦ケミカル解散

千葉塩ビモノマーについては秋の定修後に旭硝子からEDCを受け、生産を再開する予定であった。
しかし、旭硝子が需要減で引き取り不能となったため、住化分だけの操業が不能であることから操業再開を取りやめた。
住化は99/6まで旭硝子から京葉モノマーのVCMを購入してZESTに納入した。(以後は権利義務なし)

99/7/31 千葉塩ビモノマー解散

6) ハイブレンのゼオンへの再移管 

ZEST-news 9721から

ZESTでは95/7の発足以来、日本ゼオンで製造している塩ビ樹脂強化剤と加工助剤(ハイブレン)の受託販売を行ってきたが、日本ゼオンより、本事業の拡大を図るための戦略の一環としてこれをゼオン化成で扱わせたいとの申し入れがあり、検討した結果、この申し入れを受け入れることとした。

この結果、97/5/23の取締役会で承認の上、97/10/1日付けで ハイブレンの販売をゼオン化成株式会社の成形材料事業部に新設するHB販売部に移管した。ZESTでは97年度当初予算で国内 1,245百万円、輸出 451百万円、年間合計1,696百万円の売上高を折り込んでいが、これが下期からなくなることになった。損益面では販売受託料がなくなったが、販売経費もなくなるため大きな影響はなかった。

ハイブレンは日本ゼオンの川崎工場で製造している塩ビ樹脂強化剤(MBS、ハイブレン200シリーズ)と高岡工場で製造している塩ビ樹脂用加工助剤(ハイブレン400シリーズ)で、塩ビ樹脂ではないが、需要家が同じということで販売を受託したもの。


7) 塩ビ世界会議 

1997年10月6日〜8日、ホテルニューオータニ大阪で15カ国から131名(国外51名)が参加し、第6回塩ビ世界会議(Global Vinyl Conference)が開催された。

席上、VI(Vinyl Institute=米国塩ビ協)からダイオキシンに対する説明が行われた。塩ビ等の塩素系廃棄物が問題なのではなく、焼却炉のデザインと、操作条件が焼却炉からのダイオキシンの漏洩の第一の原因であるというものである。

当時の日本の塩ビ協やメンバー各社には全般的にこの事実の認識はなく、ダイオキシンについては問題を避けるという姿勢で、通産省からもいつまでも支えられないと叱責されていた。この説明はダイオキシンへの懸念を払いのけるもので、その後のVECの広報活動の基になった。

特別講演として佐伯社長が "Development of PVC industry in Asia and issues to be considered in the 21st Century" と題してスピーチを行った。 内容添付

なお、この会議は日米欧で順に開催され、大阪での本会議には各社から多数参加し、非常に役にたった。
しかし次回からはVEC会長の金川社長が Convention嫌い(「お祭り」との認識)なため、代表者だけの会議になってしまった。

8) 97年度決算 

既述の通りZESTの初年度(1995年度)は 2,603百万円の赤字、2年度は1,981百万円の赤字であった。
銀行からは3年連続赤字の場合には大蔵省、日銀の監査にひっかかるため親会社融資なしの融資は不可能との通告を受けていた。

それに対して98/2現在の実績予想では、上期実績 -787百万円、下期予想 -159百万円で合計10億円弱の赤字であった。
このため、VCM価格で以下の調整を行った。

上期の値引き@0.6は二次値上げが期中からという理由で前2年の親会社との赤字分担による損益調整ルールを適用したもの。
(下期は二次値上げで通常ベースになったとして非適用とした。住化エチレンの特価は前2年の親会社間の損益負担の調整のためであり、元に戻す必要があるが、戻す理由付けがないため継続した。(トクヤマ塩素は値上がり理由に戻した) 
下期の住化分塩素は電化枠塩素の利用による。

なお各社間の調整は継続記録により後に調整することとした。
(最終的には住化とトクヤマは別途調整し、ゼオンへの12百万円の支払いを水島工場撤去費に折り込んで行なった。)

以上の結果、97年度損益は以下の通りの黒字決算とした。

 

9) 塩ビ環境協会の設立 

98/1/1 塩ビ環境協会が設立され、98/2/18に設立総会が開かれた。

先ず、会長、副会長、理事の選任が行われ、
 会長には信越・金川社長、
 副会長に東亞合成・専田社長、鐘化・古田社長、東ソー・田代社長の3人が選任された。

1998年度 事業計画 (1998/1-3は準備活動)

1)広報事業

塩化ビニルに関する正しい理解の普及を行うことを目的に次の広報事業を展開する。
活動対象者:マスコミ記者、オピニオンリーダー、一般社会、ユーザー、行政・議会
(1)基盤整備活動
  @電通PR基本契約、
  A有識者グルーブ組織、
  B有識者リストアップカテゴリー作業、
  Cユーザー向けQ&A冊子作成
(2)メディアリレーションズ活動
  @環境ジャーナリストの会組織、
  A地方紙懇談会の開催、
  B地方テレビプロモーション、
  C地方紙送稿プロモーション、
  D海外プレスツアー
(3)情報発信活動
  @メディアタイアップ、A広告

2)リサイクルの推進

塩化ビニルに関するリサイクルシステムを検討、研究、調査する。
 (1)関連業界団体へのリサイクル支援
 (2)現状把握と阻害要因の分析
 (3)産廃の収集システムの確立
 (4)塩ビ最適物流の検討
 (5)実証プラントの検討
 (6)脱塩化水素技術の研究
 (7)塩化水素、炭化水素の有効利用研究

予算
    1997年度(98/1-3) 30百万円
    1998年度        10億円    ZEST 11.561%

98/5/26 塩ビ協と塩ビ環境協会が合併し塩ビ工業・環境協会(VEC)を設立。金川会長。

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