
「四国88ケ寺徒歩巡り」体験記
石川信太郎
hs.ishikawa@dream.com
第二回 発心の道場(徳島)
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/1 霊山寺 /2 極楽寺 /3 金泉寺 /4 大日寺 /5 地蔵寺 /6 安楽寺 /7 十楽寺 /8 熊谷寺 /9 法輪寺 10 切幡寺 11 藤井寺 12 焼山寺 13 大日寺 14 常楽寺 15 国分寺 16 観音寺 17 井戸寺 18 恩山寺 19 立江寺 20 鶴林寺 21 太龍寺 22 平等寺 23 薬王寺 |
10月1日、羽田発徳島行のANA531便は予定通り午前9時に徳島空港に到着。早速、雨の中をタクシーに乗り込み、1番札所霊山寺に向かいました。タクシーの運転手と「四国遍路」についていろいろ話をしていると、タクシーで88ケ寺を周る人もいるとのことには驚きました。約10日間をかけて運転手と寝泊りも共にするそうですが、運転手にとっては有難迷惑のようです。ちなみにこの場合、費用は約100万円かかるそうです。
88ケ寺のうち、1番札所霊山寺から23番札所薬王寺までが徳島県(旧阿波の国)にあり、歩行距離約210キロが「発心の道場」と呼ばれております。
先ず、1番札所霊山寺の売店で菅笠、白衣、金剛杖、輪袈裟および納経帳を揃え、雨具も出し身支度をしました。売店の女性が私を見て「歩いて周るのですか?」と奇異な顔で聞かれ、「歩いて周る」ことが何か特別なもののようであることに気づきました。たしかに他の多くの「お遍路さん」はバスやマイカーで周るようです。今では年間約10万人の「お遍路さん」がおり、そのうち「歩き遍路」は1000人に1人かそれ以下と言われているようです。
私も「歩き遍路」が何か特別な扱いを受けていることを理解し、身の引き締まる思いで雨の中を2番札所極楽寺に向かったことを今でも鮮明に覚えております。
2番極楽寺、3番金泉寺と雨の中を合羽を着て歩きましたが、その後は雨も止み、4番大日寺、5番地蔵寺と快調に歩いて最初の宿となった「森本旅館」に15時に着きました。初日でもあり、またはじめての体験ということで約10キロ、3時間の歩行で余裕をもって初日を終了しました。
第2日(10月2日)は6時起床。朝食後7時に6番安楽寺に向かいました。確かに行く先々の寺では多くの「お遍路さん」には会うが、「歩き遍路」にはほとんど会うことなく、咋日と今日でまだ3〜4人というところです。
今日も第2日ということで7番十楽寺、8番熊谷寺、9番法輪寺、10番切幡寺と平坦な吉野川北岸の県道を約19キロ、4時間の歩行で午後3時半に早々と「八幡旅館」に入りました。
まず、ゆっくりと風呂に入り、夕食までに時間があるので、コインランドリー方式の旅館備え付けの自動洗濯機および乾燥機で初めて洗濯を実施。出発前に心配していた洗濯のこともこれで一安心、この後遍路終了まで旅館、民宿等の備え付けの洗濯機、乾燥機を利用し、2日に1度の割合で下着のほかズボン、上着なども洗濯することが出来ました。
第3日、今日はいよいよ歩き遍路の難所中の難所といわれている11番藤井寺から12番焼山寺(海抜800M)への遍路道を歩くことになります。まず、旅館から藤井寺の平坦な8キロの道を約2時間かけて歩き、藤井寺を参拝後「遍路ころがし」と言われている「山道」への準備をしました。お寺の売店で昼食用に弁当を買おうと思ったが「さつまいもの煮物」しかなく、これを2袋とペットボトルのお茶を買い、30分の休憩をとって10時に出発しました。
ここで買った「さつまいもの煮物」が昼食となるのですが、「歩き遍路」での心配の種の一つが昼食をどうするかである。街中であれば「食堂」あり、「コンビニ」ありで心配ないのですが、山道、海岸道などでは「弁当」を前もって持っておく必要があります。その日の道中によって宿で「おにぎり」を作ってもらい、これをもって行くのが一番良いようです。結局、今日は「いも腹」ということになりました。
さすが「遍路ころがし」というだけあって、約12キロの「山道」は道とは言い難く、岩道でアップダウンがこの上なく厳しかった。あとあと数多くの山寺へ行く「遍路道」がありましたが、ここが一番厳しいと思いました。案内書によれば「健脚で4〜5時間」、「並足で6時間」「ゆる足で8時間」と言われておりますが、私も6時間弱で何とか到着し、「並足」の仲間入りが出来ました。途中で88番から1番に向かっている「逆打ち」の青年1人に会い、立ち話をしたことや焼山寺への最後の登り口で69歳と71歳の2人組の女性を追い越し、さらにこの後60歳と75歳の男性も追い越して焼山寺に到着したのが印象に残っております。焼山寺の麓の民宿に着いたのが日暮れの午後5時半、入浴、夕食後は8時にパタンキューで熟睡しました。
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ここの宿、民宿「鍋岩荘」には私の他もう1人千葉から来た「歩き遍路」のW氏(61歳)も泊まっており、夕食時および朝食時にいろいろ情報交換が出来ました。W氏も私と同じく定年退職して「歩き遍路」にトライしており、今回は都合で徳島県だけの「区切り打ち」ということでしたがお互い同じ境遇と言うことで意気投合し、この後23番薬王寺まで同じ宿に泊まることになりました。また、この後W氏の紹介で次の日には横浜からのF氏(65歳)、宮崎からの女性Wさん(62歳)等とも知り合い、この先同行することになりました。
第4日目は主に徳島市内にある13番大日寺、14番常楽寺、15番国分寺、16番観音寺、17番井戸寺と一気に参拝しました。約25キロの歩行で午後4時に民宿「坂本や」に入りました。
早いもので今日は5日目となり、昨日までの4日間を振りかえってみました。
体調もすこぶる良好で、快食、快眠。足にも「マメ」は出来ず、靴の選択が良かったと思いました。また、初日こそ雨のスタートとなりましたがその後は天侯にも恵まれ快調。ただ、10月にしては少々暑い感じで、アスファルト道を歩くには暑さがこたえてきて道中の飲料(ドリンク)が増えてきました。飲料の話では、県道、国道では約500メートル毎に自動販売機があり、昼食と違って「のどの渇き」には苦労はありませんでした。
18番恩山寺、19番立江寺と平坦なアスファルト道を約33キロ、8時間の歩行で午後5時民宿「金子や」に入りました。前日同じ宿に泊まったW氏はすでに到着しており、前述のF氏、Wさんも同宿となり、夕食は「歩き遍路」4人で話に花か咲きました。
第6日は12番焼山寺と同じく山岳寺院である20番鶴林寺(海抜550M)および21番太龍寺(海抜620M)であり、山道すなわち遍路道を歩くことになります。昨日までは1人で歩きましたが今日は同宿したW氏、F氏およびWさんの4人で歩くことにしました。寺では私の場合は本堂と大師堂(弘法大師・空海をまつっているお堂)を拝礼し、納経帳にサインをしてもらって終わりです。しかし、他の3人はなかなか信心深く、本堂と大師堂の前ではロウソクと線香をあげた後「般若心経」を読み上げておりました。「般若心経」が書いてある経本は1番霊山寺の売店で購入したそうです。
こうして第6日は少し雨に降られましたが山道約13キロを約6時間かけ、早々と午後1時半に民宿「龍山荘」に入りました。ここでも八幡浜から来たM氏(62歳)、千葉から来たN氏(61歳)等とも同宿となり、夕食時は「歩き遍路」6人で情報交換となりました。特にM氏は3回目の巡礼という健脚中の健脚で、ここまで5日間で到着し、最終的には35日で88ケ寺を踏破したと聞きました。
発心の道場(徳島)も最終の第7日目となり、22番平等寺、23番薬王寺へは平坦な一般道の歩行となりました。特に薬王寺は徳島県の南端日和佐町にある太平洋の見える寺として印象に残っております。午後3時に薬王寺の宿坊となっている「薬師会館」に入りました。夕刻、気持ちにゆとりもでき日和佐の街に出て、記念に徳島名産の「すだち」を1箱買い宅急便で東京の自宅に送付。明日からはいよいよ歩行距離約400キロの「修行の道場」(高知)に入るのかと思うと何か妙に気持ちの高ぶりを覚えたものです。
