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2025/11/6 Pfizer、Novo Nordiskを独禁法違反で提訴 肥満治療薬買収巡り

米製薬大手 Pfizerは11月3日、デンマーク製薬大手のNovo Nordisk を提訴したと発表した。

Pfizerが買収で合意していた肥満症治療薬を開発する米新興企業Metseraに対し、Novo Nordisk が対抗して買収提案を出したことを問題視した。

Novo Nordisk は肥満症薬で先行しており、買収は独占につながると主張している。

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新タイプの肥満症治療薬の利用者が、米国を中心に世界で急増している。

先駆けとなったのが、デンマーク製薬大手Novo Nordisk Wegovy(ウゴービ )で、2021年に米国で承認された。もともと糖尿病(内臓脂肪の蓄積が主な原因)のために開発した薬(GLP-1受容体作動薬)を肥満症治療に応用したもので、食欲を抑制することでやせる効果があるとされる。日本では「セマグルチド(遺伝子組換え)」として2023年3月に承認された。

Eli Lillyは2023年12月、同様の働きを持つ肥満症治療薬Zepboundを米市場に投入した。

2024/4/15  新タイプの肥満症治療薬が急増 

(以降)

2024/5/30 米 Eli Lilly、肥満症薬を増産

2024/7/24 ロシュの肥満症の候補薬、初期臨床試験で平均7%減量   

2024/8/5  Eli Lillyの肥満症治療薬、心不全重症化リスクも軽減

2025/5/19 新規プレバイオティクスによる抗肥満作用の発見

2025/7/30 米Merck、米Pfizer、英GSK、相次いで中国の医薬会社から新規治療薬候補の開発・販売権を取得 

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Pfizerは2023年12月1日、自社開発の肥満症経口薬「Danuglipron」の1日2回服用タイプについて、中期試験で被験者の大半が吐き気など副作用を理由に服用を取りやめたため、後期臨床試験への移行を見送る方針を示した。

その後、Danuglipronを1日1回服用する試験を複数の用量で進めていたが、2025年4月14日、開発を中止したと発表した。臨床試験で被験者1人が薬物性肝障害を発症した可能性があり、服用をやめたところ回復したことが理由。


Pfizerは本年9月22日、肥満治療薬スタートアップの Metsera を最大73億ドルで買収することで合意したと発表した。自社開発の減量薬を安全上の理由で中止したPfizerは、急成長する市場で遅れを取り戻す狙いがある。

発表によると、Pfizerは Metsera に対し1株当たり47.50ドル(19日の終値33ドル強に対し、43%のプレミアム)の現金を支払うほか、特定の業績目標達成時には追加で22.50ドルを支払う。

買収により、Pfizerは深い専門知識と、差別化された経口および注射剤のインクレチン、非インクレチン、そして併用療法候補のポートフォリオを獲得する。MetseraとPfizerの両社の取締役会は、この取引を全会一致で承認した。

インクレチンは、食事をとると小腸から分泌され、インスリンの分泌を促進する働きをもつホルモンで、GIP(グルコース依存性インスリン分泌刺激ポリペプチド )とGLP-1(グルカゴン様ペプチド-1)がある。(上図参照)

Metseraの候補製品は、
MET-097i: 完全にバイアスされた超長時間作用型GLP-1受容体アゴニストの注射剤候補で、第3相臨床試験への移行が予定されている。

同社の非インクレチン系肥満治療薬は、MET-233i:で、食欲調節ホルモンであるアミリンの作用を模倣する長時間作用型アナログ。第1相臨床試験の段階にあり、GLP-1受容体アゴニストとの併用療法の可能性も探られている。

このほか、経口GLP-1受容体作動薬候補MET-224oおよびMET-097o:臨床試験の開始が間近)のMET-815や、MET-097iのプロドラッグ(体内で活性型に変換される前の薬剤)がある。

 

しかし、Metsera は10月30日にデンマークのNovo Nordiskから一方的な買収提案を受けたと発表した。

株式1株あたり56.50 ドルの現金+最大21.25 ドルの追加払いを含むもので、最大85億ドル(一時金60億ドル+マイルストーン達成に応じた支払い)になる。Pfizerの提示額はマイルストーンを含め73億ドルである。

Metseraの取締役会は、この提案をPfizerとの合意を上回る「Superior Company Proposal(優越的買収提案)」と判断。これにより、Pfizerとの既存合意においてPfizer側が対応交渉を行う機会(いわゆるマッチング期間)が発生する。

これに対し、Pfizerは、Novo Nordiskの提案が「反競争的である」「買収契約における優先交渉権(あるいはマッチング条項)を無視している」と主張した。

Pfizerは、Metseraおよびその取締役会、さらにNovo Nordiskを対象に、契約違反・取締役義務違反・妨害行為を理由とした訴訟を提起した。

また、連邦法(〈クレイトン法〉第7条、〈シャーマン法〉第1条・第2条)に基づく反トラスト(反競争)訴訟も提起した。Pfizer側主張では、デンマークのNovo NordiskがMetseraを買収して将来のアメリカのライバルを排除しようとしているというもの。

 

PfizerとNovo Nordiskは、Metseraの買収をめぐり、4日に予定されている法廷審問を前に、それぞれの提示額を引き上げた。

Metseraの発表によると、Novo Nordiskの最新の提示額は1株当たり最大86.20ドルで、総額100億ドルに達する。一方、Pfizerの新たな提示額は1株70ドルで、総額およそ81億ドルとされている。Metseraによれば、Pfizerには自社の提案内容を再調整するため2日間の交渉期間が与えられている。

PfizerはMetseraおよびNovo Nordiskを相手取って起こした2件の訴訟のうち1件で、4日間とされていた自社の対抗入札期限を凍結するよう裁判所に求めている。この審問は、4日午前11時から米デラウェア州衡平裁判所で行われる予定。

 

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なお、Eli LillyとNovio Nordiskは、減量薬を含む新たな薬価取引をホワイトハウスと発表する計画である。

報道によれば、両社はそれぞれの肥満治療薬の最低用量を月額149ドルで提供する合意に至るとのことである。この発表は早ければ今週中にも行われる可能性がある。

価格譲歩の見返りとして、両社は65歳以上のアメリカ人を対象とする連邦健康保険制度であるメディケアの下で、自社の薬剤の保険適用を獲得することになる。この保険適用は、両製薬会社にとって重要な新たな償還機会を提供するものである。

メディケアの適用は、これらの肥満治療薬にとって潜在的に大きな市場拡大を意味する。何百万人もの高齢アメリカ人にとって、これらの治療がより利用しやすくなるからである。

 

トランプ大統領は、英製薬大手AstraZenecaと、一部処方薬の価格を大幅引き下げる代わりに医薬品関税を3年間免除することで合意したと発表(10/10)

今後米国で発売するすべての新薬に他の先進国での最低価格を適用するほか、メディケイド(低所得者向け医療保険制度)加入者向けに大幅に値引きを行う。

さらにアストラゼネカは直販サイトで取り扱う製品数を増やす予定で、大統領はその価格について、「大幅な値引き」になると述べた。また、近く立ち上げ予定の医薬品販売サイト「TrumpRx」でも医薬品を提供する計画。

アストラゼネカは米国での医薬品製造や研究開発に今後5年間で500億ドル(約7兆6千億円)を投資し、米国内で販売する薬の現地製造を目指す。

10/1の米Pfizerに次ぐ。同社は米国の医薬品価格を他の先進国が支払っている最低価格(最恵国待遇価格、いわゆるMFN価格)に合わせることとなる。

アメリカの薬剤価格の問題に関して、トランプが提案した行政命令「Delivering Most-Favored-Nation Prescription Drug Pricing to American Patients」〈5/12付)に基づくもので、
アメリカ人が他の国々と同じ価格で処方薬を購入できるようにするため、特定の製薬会社に対して具体的な措置を取るよう求める内容。

米国では、原則的に製薬会社が薬の価格を自由に決めることなどから、他の先進国の約3倍になることもある。


Pfizer とAstraZenecaは、今後発動される医薬品関税の対象から3年間免除される。

2025/11/16   韓国ポスコ、リチウム鉱山に1200億円 豪州・南米でEV電池素材向け


韓国のPosco Holdingsは、オーストラリアの鉱業会社Mineral Resources Limited(MinRes)のリチウム事業の30%を取得し、これにより西オーストラリア州の2つの鉱山の一部所有権を獲得、電気自動車用バッテリーに必要な重要な金属資源を確保できるようになる。

Mineral Resources Limited(略称 MinRes)は西オーストラリア州バースに本社を置く。多角的な鉱業サービス会社および鉱山運営会社で、西オーストラリア州とノーザンテリトリー全域に大規模な拠点を有する。

対象の鉱物資源は鉄鉱石、リチウムで、エネルギー関連事業も展開している。自社の採掘事業だけでなく、他の鉱山会社へのサービスの提供(採掘サービス、インフラ提供など)も行っている。

リチウムについては、西オーストラリア州北部のWodgina鉱山をAlbemarleとの50/50JVで運営しており、西オーストラリア州南部のMount Marion鉱山を 江西贛鋒鋰業集團(JiangxiGanfeng Lithium)との50/50JVで運営している。

 

PoscoとMinResは、12億豪ドル(約7.65億米ドル)に相当する取引により、合弁企業を設立する。

MinResは両鉱山のMinRes持ち分を新設するJVに移す。

下図のとおり、Posco はWodgina鉱山及びMt.Marion鉱山のMinRes持ち分各50%のうち、各15%を取得する。

Poscoはこれら2つの鉱山から出荷されるリチウム精鉱を出資比率に応じて それぞれ15%分を受け取る。

MinResは引き続きこれらの資産の運営を担当する。

投資はオーストラリア外国人投資審議委員会の承認後に確定する。

MinResは、今回の売却で得られた資金を債務返済に充てる。同社の債務は54億オーストラリアドルに急増しており、時価総額の半分を超えている。

Poscoは年間27万トンのリチウム精鉱を安定的に確保することになる見通しで、これは水酸化リチウム約3万7000トンを生産できる量で、電気自動車約86万台に使われる量である。

年間27万トンのリチウム精鉱を安定的に確保する予定だ。これは両鉱山の生産能力拡張計画を反映した数値で、水酸化リチウム3万7000トンを生産できる量である。電気自動車約86万台に搭載される分量である。

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Poscoは6500万ドルを投資し、アルゼンチン・オンブレムエルト(Hombre Muerto)塩湖内の鉱区(塩湖内に埋蔵された鉱物の採掘・開発権)を保有するカナダの資源開発会社LIS(Lithium South)のアルゼンチン現地法人の持分100%の買収を決定した。

Poscoは2018年にオンブレムエルト塩湖北側の権益を確保したのに続き、今回 、隣接する鉱区の買収を通じ、世界最高水準のリチウムが埋蔵されているオンブレムエルト塩湖で追加の資源と用地を確保することになる。

Posco は現地にリチウム生産工場を作って水酸化リチウムを生産しているが、このインフラとのシナジー効果も期待できる。

2021/12/23    韓国POSCO、アルゼンチンでのリチウム生産計画

 


2025/11/17 Merck、インフルエンザ治療薬を開発中のバイオ企業 Cidara Therapeutics 買収することで合意

米製薬大手Merck (米国とカナダ以外では MSD )は、インフルエンザ治療薬を開発中のバイオ企業 Cidara Therapeuticsを買収することで合意した。これは2028年に主力のがん免疫療法薬「キイトルーダ」が特許切れするのに備える動き。

買収額は1株当たり現金221.50ドルで、13日終値の2倍超に相当。総額は約92億ドル(約1兆4200億円)に上る。

 Cidara Therapeuticsが開発中の インフルエンザ治療薬「CD388」はワクチンではなく、免疫反応を引き起こすタイプの薬ではない。これは合併症のリスクが高い人を対象に、インフルエンザを予防するための長期持続型治療薬で、現在は後期段階の臨床試験が進められている。

 Cidara によれば、ワクチンや抗ウイルス薬に加わる新たな選択肢として、インフルエンザ予防に貢献する可能性があるという。

CD388は、長い半減期を持つ独自のヒト免疫グロブリンG1 Fcに安定的に結合した多価ザナミビル結合体である。

ザナミビル水和物(リレンザ)はインフルエンザウイルスの感染を抑制する効果を持つ抗ウイルス薬で、吸入剤として設計されており、直接呼吸器系に作用することでウイルスの増殖を阻害して症状の軽減や罹患期間の短縮に寄与する。

その特徴的な投与方法により全身への影響を最小限に抑えつつ局所での高い薬物濃度を維持することが可能となっている。

1989年にオーストラリアのBiota社が初めて開発、1990年にGlaxoSmithKlineに独占的にライセンスされ、同社がリレンザとして発売した。

CD388は、ザナミビルの多価複合体で、半減期を延長するように改変されたヒトIgG1のCH1-Fcハイブリッドドメインに結合している。CD388はザナミビルの抗ウイルス活性を向上させ、高病原性株やノイラミニダーゼ阻害剤耐性株を含むA型およびB型インフルエンザウイルス全般に対して強力かつ普遍的な活性を示し、耐性獲得の可能性が低く、致死性マウス感染モデルにおいて強力な有効性を示した。

10月9日にCD388が米国食品医薬品局(FDA)から画期的治療薬指定を受けた。

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Merckは今後5年間で180億ドル規模の売上げ減少が見込まれるキイトルーダ®の2028年の特許切れに備え、治療薬の拡充に向けた買収を進めている。キイトルーダは昨年の同社売上げのほぼ半分を占めていた。

癌細胞は、免疫細胞からの攻撃を逃れるために、PD-L1 というタンパク質を出し、これが免疫細胞のPD-1 に結合すると、免疫細胞の働きが抑制される。

キイトルーダ®(一般名:ペムブロリズマブ、MK-3475)は「抗PD-1抗体」とよばれる免疫チェックポイント阻害薬で、T細胞のPD-1に結合することにより、PD-1 とがん細胞のPD-L1の結合を防止する。その結果、T細胞が活性化され、抗がん作用が発揮されると考えられている。

 

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Merckは2023年4月16日、「キイトルーダ」特許切れ対策として、潰瘍性大腸炎やクローン病(炎症性腸疾患)向けの治療薬を開発している米バイオ企業Prometheus Biosciencesを買収すると発表した。

2023/4/18   米Merck、バイオ企業を1.4兆円で買収


同社は7月にも、呼吸器疾患治療薬を手がける英バイオ医薬品企業Verona Pharmaを約100億ドル(約1兆4700億円)で買収することで合意している。

Verona Pharmaは、昨年に米食品医薬品局(FDA)から承認された慢性閉塞性肺疾患(COPD)治療薬「Ohtuvayre(アンシフェントリン)」を手掛けている。  


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