日本経済新聞 2004/9/21

バイオVB、創薬に活路
 新興市場へ上場相次ぐ

 医薬品開発や遺伝子を解析するバイオベンチャーが、新興株式市場に相次ぎ上場している。2000年末からこれまでに10社が株式を公開、ベンチャーキャピタル(VC)による資金提供など新興企業の成長を後押しする枠組みも整いつつある。ただ業績の伸び悩みが響き、上場後の株価の足取りは重い。収益基盤が固まり市場から高い評価を得るのはまだ先だ。

開発費の調達、課題に
 東京都港区にある
オンコセラピー・サイエンス(OTS)の研究所。数人の若手研究員ががん細胞の遺伝子を解析する装置の操作に追われている。冨田憲介社長は、「1日も早く、がん治療薬の開発を目指せ」と社員に活を入れる。
 OTSは東京大学医科学研究所の中村祐輔教授の研究成果を事業化するために2001年に設立した。取り出したがん細胞を解析し、がんの原因となる複数の遺伝子を探索。製薬会社に医薬品侯補となる遺伝子の使用権を譲る対価として、研究協力金を受け取る。
バイオ企業で期待を集めるのが新薬の開発会社だ。大阪大学発の
アンジェスMGは足などの血管がつまる病気の治療薬開発をめざし、治療効果や副作用を調べる臨床試験を続けている。7月に上場した「そーせい」は前立腺がん治療薬など7種類の医薬品開発を目指す。
 各社が開発中の医薬品には、市場規模が1千億円を超えそうな製品もある。製薬会社と共同開発した場合でも売り上げの数割はバイオベンチャーにライセンス収入として入るとみられる。
 2003年にヒトゲノム(全遺伝情報)の解読が終了。今後はどの遺伝子がどんな役割を持つかという機能解析に焦点が移る。解析が進めば遺伝子情報を利用した治療効果の高い「ゲノム創薬」に弾みがつく。
 ベンチャーの事業領域は創薬だけではない。遺伝子機能の解析に関連する情報システムの構築のほか、新薬開発の指導や分析用装置開発など周辺分野にも広がっている。
 今後も上場が増えそうだ。年内には
タカラバイオリンフォテックなど3、4社程度が、来年はセルフリーサイエンス や米国企業など10社程度が上場しそう。日本経済新聞社の大学発ベンチャー調査によると、回答した333社のうち35%が医療・バイオ関連。大学が母体になり上場予備軍が生まれている。
 課題は製品発売まで10年程度におよぷ研究開発費の調達だ。臨床試験で使う年10億円以上の費用は大企業からの技術提供料だけでは賄えず、上場に伴う公募増資で調達することが必要になる。「そうせい」は新興市場に今年上場した企業で最大の112億円を調達した。
 上場の増加に合わせて、ベンチャーの資金調達を支援するVCが活気づいている。投資ファンド(基金)運営のウォーターベイン・パートナーズは、日本政策投資銀行などの出資を受け、バイオ専門のファンドを総額20億6千万円で設立、すでに3社への投資を決めた。バイオ専門VCのバイオフロンティアパートナーズも年内に50億−100億円のファンドを新設、起業前から支援することも検討中。
 ウォーターベインの黒石真史社長は、「将来性の高い独自技術を持つ企業を精査して投資する」と語る。バイオ関連VCは特定の企業に絞ったうえで億単位の資金を投じる傾向がある。VCから選ばれたベンチャーは上場への一歩を踏み出すことになる。

今後の上場が見込まれる主なバイオベンチャー(時期は上場見通し)

  社名(所在地) 業務内容
2004年 タカラバイオ(大津市) 医薬品の研究支援、遺伝子治療
LTTバイオファーマ (東京・港) 医薬品の研究開発
リンフォテック(東京・文京) 免疫細胞療法の支援
2005年 セルフリーサイエンス (横浜市) たんぱく質合成技術
ヒュービットジェノミクス(東京・千代田) 創薬研究支援
アコロジクス (カリフォルニア州) 医薬品開発

 

新興市場に上場するバイオベンチャー10社の今期業績見通し

社名(業務内容) 売上高
(百万円)
経常損益
(百万円)
インテック・ウェブ・アンド ・ゲノム・インフォマティクス
  (バイオ関連システム開発)

 2,700( 3)

30(▲198)

  プレシジョン・システム・サイエンス(遺伝子解析装置)

 2,800(12)

100(▲174)

  アンジェスMG (遺伝子医薬品開発)

2,500( 2)

▲1,400(▲953)

  トランスジェニック (遺伝子解析)

1,300(126)

▲1,000(▲1469)

  メディビック(新薬開発支援)

780( 61)

▲220(22)

メディネット(免疫細胞療法)

1,900(14)

▲670(125)

オンコセラピー・サイエンス (がん治療薬開発)

2,080(32)

390(527)

総合医科学研究所(食品の機能評価試験受託)

2,010(27)

830(774)

DNAチップ研究所(研究機器開発)

2,000(11)

100(103)

  そ一せい(医薬品開発)

250(11)

▲2,180(▲947)

(注)※は単独。カッコ内は売上高が前期比増減率%、経常損益が前期実績、▲は赤字。
 トランスジェニックとメディビックは今期から連結決算のため、前期単独と比較


先行組は株価低迷 収益安定には時間

 バイオベンチヤーの新規上場が加速する一方で、株価は低迷している。昨年までは初値が公募・売り出し価格を大幅に上回る例が続出したが、今年は初値が公募価格と同額にとどまったり、上場後に株価が急落する軟調な展開が続いている。
 7月29日、市場に「そーせいショック」が走った。この日マザーズに上場した同社の初値は、公募価格と同額の80万円だった。新興市場で新規上場銘柄の初値が公募価格を上回る「連騰記録」が93社で途絶えた。市場では「バイオ関連株に冷水を浴びせた」との声も聞かれる。
 バイオ関連企業の最近の株価に投資家は当惑している。昨年10月に上場したメディネットの初値は126万円と公募価格の3.6倍。同年12月上場のOTSは2.4倍の240万円。これが17日現在、株式分割を考慮に入れても、半値近くに下落した。
 上場10社の今期業績は全社増収ながら研究開発費の負担増などの影響で5社が赤字になり、6社の損益が悪化しそうだ。業績不振で上値が重いほか、流通する株式が比較的少ないことも株価の乱高下を誘発している。
 赤字が先行しがちだけに株価の評価は難しい。予想PER(株価収益率)など適正株価を判断するための従来の指標はあまり参考にならない。いちよし経済研究所の山崎清一首席研究員は、上場が先行した米国市場の同業社との時価総額比較を株価算定の材料にする。試算ではそ−せいの時価総額の目安は1014億円(現在264億円)。株価換算では約165万円で、今の株価は割安感が強いという。
 300社以上のバイオベンチャーが上場する米国では上場に対する投資家の目は厳しさを増している。いちよし経済研によると、昨年10月から米国市場に上場した約30社の大半が臨床試験に入っており、近い将来、大幅な収益増が見込める。
 これに対し、日本では収益基盤が固まらない基礎研究段階で上場する例が多い。日本のバイオベンチャーの収益が軌道に乗り、市場から評価を得るにはなお時間がかかりそうだ。

 

大学発VBの増加 独立法人化が一因

Q:国内にバイオベンチヤーはいくつありますか。
A:財団法人のバイオインダストリー協会によると、2003年末時点でバイオベンチャーの企業数は387社。2002年末に比べて54社増えました。最も多かった分野は「医薬品、診断薬開発」で全体の3割強にあたる123社。「受託研究・受託開発」の103社、「コンサルティング」の64社と続きます。製薬会社からの受託研究だけでは採算がとれないので、リスクは大きいものの、高い収益が見込める「ゲノム創薬」を目指す企業が増えています。

Q:バイオベンチヤーに大学発企業が目立つのはなぜですか。
A:今年4月の国立大学の独立法人化で大学も自主財源が求められるようになり、これが大学発ベンチャーの設立を加速する一因です。企業が研究所などで商品化を前提に開発するのに対し、大学の研究室では国などからの補助金を生かし基礎研究を進めています。研究成果を社会に還元するため、研究者がベンチャー設立に踏み切るだけでなく、設立を後押しする大学が増えています。

Q:大阪大学発ベンチャー、アンジェスMGの未公開株取得問題が大きく報道されました。論点は何ですか。
A:遺伝子治療薬の研究を担当していた教授らがアンジェスの第三者割当増資に応じて株式を取得していたことが分かり、臨床試験の中立性に関して議論が起きました。もっとも担当した大学教員が未公開株を取得した場合の罰則はありません。アンジェスは「目論見書にも情報公開しており問題はない」と話しています。大阪大学は透明性の確保に向け、研究医が製薬会社などの株を取得する際のルールづくりを始めました。利益相反のヨ避が各杜の課題となっています。

▼ゲノム創薬
 体の設計図に相当するヒトゲノム(全遺伝情報)などの解読結果を活用して医薬品を開発する手法。治療効果の確認や副作用の有無を調べる臨床試験に時間がかかる従来の方法に比べ、新薬候補を効率よく見つけだせるといわれる。
 病気の仕組みを遺伝子やたんぱく質レベルで解明した上で候補を探すため、がんなどの難病に対する治療は効果が大きく副作用が少なくなると期待されている。遺伝子機能の調査にはコンピューターを駆使して大量のデ−タを分析する情報技術も重要になる。